人をひきつける文章とは? 誰でも手軽に情報発信できる時代だからこそ、「より良い発信をする技法」への需要が高まっています。文筆家の三宅香帆さんは、人々の心を打つ文章を書く鍵は小説の「名場面」の分析にあるといいます。ヒット作『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』の著者の連載。第4回は「回想」の名場面について……

第3回「《恋のハードル》名場面:有川浩『塩の街』」はこちら

回想フェチから言わせていただくと

誰かと出会って、別れて、あるいは別れなくてもすったもんだを繰り返すとき。主人公はたまにそれを、「回想」というかたちで語る。誰かとの記憶を思い出しながら、主人公は過去を語るのだ。

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回想。ああ回想。みなさんどうですか。回想シーン、好きですか。

ちなみに私は大好きである。もう小説はぜんぶ回想形式でいいよ! と言いたくなるほど好きだ。回想フェチなんである。

みんな過去を振り返ってみてほしい。過去のエピソードを反芻しながら、物語を語ってほしい。たくさん過去を、教えて、ほしい!

しかし回想にも、いい回想とわるい回想がある。

回想フェチから言わせていただくと、ただ主人公に過去を振り返らせるだけでは、だめだ。名場面もとい名回想(?)にはならない。

過去を振り返るにしても、ただの過去ではなく、ちゃんとぐっとくる回想にしてほしいのだ。

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今回紹介する小説『喜嶋先生の静かな世界』のとある回想シーンは、そういう意味では「ぐっとくる」度、満点である。小説を読むときの楽しさってこれだよね、と頷きたくなるシーンになっている。

『喜嶋先生の静かな世界』は、森博嗣による自伝的小説。主人公が研究者になるまでの道のりを、研究の師である喜嶋先生とのかかわりをとおして綴る。理系の研究者になるとはどういうことか、そもそも大学で学ぶとはどのようなものなのか……そんなテーマを描いた小説だ。

物語は、基本的に主人公「僕」の回想で進む。大学に入った当初を思い出す場面から始まり、研究者になるまで、回想形式でどんどん時系列を進めてゆく。回想小説、なのである。