「子どもには頭痛なんてない」の一点張り

嫌々走るから、それが態度に出ていたのだと思う。特に苦しいというわけでもなかったが、大人への反抗心が強く、ゆっくり、だらだらと走っていた。どうしても他の生徒から遅れる私を、担任の先生が叱責した。

「サボり癖がついているから遅いんだ!」

きっと先生が悪いわけじゃない。先生もそのような環境で育ち、そして町全体がそういった雰囲気だっただけのことだ。当時の私にとっては、窮屈で、乱暴で、陰湿な雰囲気の漂う、寂れた町だった。夕焼けの色だけが、どんな赤よりもずっと濃い赤だった。今となっては郷愁を誘うそんな光景も、当時の私には怒りを象徴する赤としか映らなかった。

私が生まれ育った港町では、子どもは元気に遊び、学び、大人は朝から晩まで働くのが最も価値のあることだった。だから、病弱の子どもが少しぐらいの体調不良で学校を休むなんて、けしからんことだった。