心臓手術を経験していただけではなく、片頭痛持ちだった私の、小学校高学年の記憶はこれ以上ないほど闇に包まれている。激しい頭痛を訴えても、大人は「子どもには頭痛なんてない」の一点張りだった。「痛くても我慢しないと治らない」も、お決まりのセリフだった。だから私は痛い頭を抱えて、机に突っ伏して、なんとか耐えていた。頭も痛いし、手術跡も痛い。

痛いところを抱えた私に、大人はなんの手助けもしてくれなかった。親も先生も、誰もわかってくれなかったのだ。私にあったのは学校に行かないという選択肢だけで、朝、ランドセルを背負って家を出ては、近くの公園で時間を潰していた。あの頃のことを考えると、一気に暗黒モードになってしまう。とにかく、最悪だった。

病院の中庭を眺めて(写真提供:村井さん)

バッチリっす!痛みを我慢する必要ないです

「あの頃は本当に最低だったんですよ」……こんな私の恨み辛みを、腕を組んで頷きながら聞いていた主治医のK先生は、そんな私の言葉に対して、「なるほど~」と言った。

「たぶんそれは、成長に伴う痛みだったんでしょうねえ~。長い間苦しんじゃったんですねえ。うーん、大変でしたねえ。でも今回は大丈夫っす、痛かったら遠慮なしに言ってくださいよ! バッチリっす! 痛みを我慢する必要ないですし、今はいい薬がたくさんありますから。それじゃ!」

めちゃくちゃあっさりだった。だから私も、「あ、はい」と答えて、なんとなく明るい気持ちになった。40年超にわたって私の心のなかでマグマのように煮えたぎり、沸き上がり、幼少期のかけがえのない優しい思い出まで焼き尽くそうとしていた積年の恨みが、「バッチリっす!」のひと言で一瞬にして消え失せたかのようだった。時代だ。それでいいな。嫌なことは忘れよう、めんどくさいから。