人をひきつける文章とは? 誰でも手軽に情報発信できる時代だからこそ、「より良い発信をする技法」への需要が高まっています。文筆家の三宅香帆さんは、人々の心を打つ文章を書く鍵は小説の「名場面」の分析にあるといいます。ヒット作『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』の著者の連載。第5回は「片思い」の名場面について……

第3回「《回想》名場面:森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』」はこちら

100%自分目線は、小説だからこそ

小説と映画の違いは何かといえば、「一人称で語れるかどうか」ではないだろうか。
もちろん小説と映画の違いはたくさんある。そもそも文章と映像では情報量が違う。触れている時間も違えば、物語の在り方も違うだろう。

しかしあるエピソードを描くとき、小説と映画で決定的に異なるのは、小説が「一人称」を使えることだ。

小説は、主人公目線でエピソードを描くことができる。私たちが普段生きているのと同じように、誰かひとりの目線で物事を綴る。

一方で映画は、カメラがそこにある限り、基本的には「三人称」のメディアである。もちろん主人公目線の映像を撮ることもできる(あるいは、ナレーションなどで工夫はできる)が、主人公と相手をカメラに収めていると、観客はそれを「三人称」の物語として受け取る。

100%自分目線でエピソードを語れるのは、小説だからこそ、なのだ。

さて、今回のテーマは「片思い」である。小説で片思いを描写するとき、それが一人称の語りだからこそうまく描かれている物語がある。角田光代『愛がなんだ』も、そのひとつだ。うーん、これは小説だからこそ描ける感情だなあ、と読んでいて唸る。