彼が他者じゃなくて、自分ならいいのに

……このエピソードのいちばんのキモは、最後の一文だ。テルコの片思いのありかたをこれ以上なく的確に描写した文章だと思う。

やがてしずかな寝息が聞こえてきて、ひどくとんちんかんだけれど、もし生まれ変わるのなら田中守になりたい、なんて、そんなこと思った」。

ふつうなら、こんな台詞出てこない。だって、片思いの相手に対して願うのならふつうは「彼になりたい」ではなく「恋人になりたい」とかだろう。

だけどこの台詞が出てくることこそが、小説『愛がなんだ』の大切な核なのだ。

タクシーに乗ったテルコはわたわたと、今日は彼の家に泊まれるかどうか考える。期待しないでおこう、と必死に思う。

しかしそんな自分の思惑なんて知らず、ただマモちゃんは軽い眠りに落ちる。

そんなふうにテルコとマモちゃんは、まったくもって別の個体――違う人間だから当たり前なのだが――であることを、あらためてテルコは確認する。

「こっちはこんなにあなたに思いを掛けているのに、それをまったくあなたは知らないのだな」と。

そんなふうに、テルコはマモちゃんを他者だと実感したところで、ふと「彼が他者じゃなくて、自分ならいいのに」と、思う。

だからテルコは思うのだ。「ひどくとんちんかんだけど、もし生まれ変わるのなら田中守になりたい」と。

片思いは、相手が自分の思い通りにいかない完璧な他者だからこそ生まれる感情だ。だからふと願ってしまう。ああ、この他者性みたいなものを、なくせたらいいのに、と。

――片思いの究極の願望だなあ、と私はこのシーンを読んで、感じてしまった。