「最近、お母さん、仲良しの友だちができたんだ。一回りぐらい年上のおばあちゃんなんだけど、すごく上品な人で、お洒落で、教養もあって、ライフスタイルが最高なんだってさ」
 その友だちが、教えてくれたのだ。
 時間を、ただ流れて、過ぎ去っていくだけのものにしてはいけない──。
 時間を自分自身に注ぎ込み、人生を時で満たしていくことを覚えなければ──。
「お母さんのいれた紅茶飲んだか?」
 孝夫の言葉に、ケンゾーは、そうそうそうそう、と小刻みにうなずき、「オレ、紅茶のことも訊きたかったの、お父さんに」と早口に言った。「なにあれ、ワケわかんないんだけど」
 病院から帰ってきて、ひと息ついたあと、美沙に「お茶でも飲む?」と言われた。「美味しい紅茶があるから、いれてあげる」  本場イギリスでゴールデンルールと呼ばれる、本格的な作法だった。缶入りの茶葉を使い、ガラスと陶器の二つのポットやカップをお湯で温めて、沸かしたてのお湯で紅茶をいれる。ガラスポットを覗き込んで茶葉が浮き沈みするジャンピングの様子を確かめ、茶漉しで陶器のポットに移し替えるときも、味わいが最も凝縮されている最後の一滴──ベストドロップが落ちるまでじっと待つ。そしてポットに保温用のコージーをかぶせ、マットを敷いて、ようやくカップに……。
「まあ、確かに美味しかったけどさ、とにかくびっくりしちゃって」
 先月、初めてゴールデンルールの紅茶を飲まされたときの孝夫もそうだった。しかも味の違いがわからなかったので、美沙にさんざんあきれられてしまったのだ。
「お母さんって、もともと時短の人でしょ。紅茶もティーバッグでパパパッだったじゃない。お湯も電気ケトルの沸かし直しとか、時間がなかったら、ぬる燗とか人肌とか言って、ぬるくなったお湯をそのまま使ったりして」
「仕事や介護で、ずっと忙しかったからな」
「なんで急に凝りはじめたわけ?」
「紅茶もお香も、友だちに教えてもらったんだ」
「マジ?」
「毎日のいろんなことを時間や手間暇をかけてゆっくりやれば、時間が流れずに自分の中に溜まって、満ちていくんだ、って」
「で……それでなにか、いいことあるわけ?」
「お父さんには、わからん」
 素直に認めた。「でも、お母さんとしては、時間が溜まって、満ちていくっていう考えが、すごくハマったみたいだ」
「……マジ、ちょっとヤバくない?」
「だいじょうぶだよ」