日々の生活に、少しずつ手間暇のかかることを取り入れているだけなのだ。それをまわりに強制するわけではないし、ふつうに話もできて、現実離れしたところは一切ない。なにより、誰にも迷惑はかけていない。両親の介護でずっとしんどい思いをしてきた美沙が、介護ロスの抜け殻状態から、ようやく脱してくれたのだ。それでいいではないか──いまのところは。
「その友だち、お父さんは会ったことあるの?」
「いや、名前しか知らない」
 みちるさん──。
 内輪では、「マダム・みちる」と呼ばれているらしい。お金持ちで、上品で、教養豊かで、謎めいた老婦人だ。執事のような中年の男女を世話役にして、自宅でお茶会を開いている。美沙は二月にお茶会に参加して、みちるさんの人となりやライフスタイルにすっかり魅了されたのだ。
「だいじょうぶなの? なんか、けっこう怪しげなキャラなんだけど」
「ああ、平気だ。心配しなくていい」
 父親として、夫として、ここはきっぱりと胸を張って答えなければ──。
「それより、おまえはケガを早く治さなきゃ」
 話の矛先を変えたものの、ふと思った。
 骨折を治して復帰したからといって、三十歳になった元・特撮ヒーローに、本格的な俳優としての居場所はあるのだろうか。むしろ、父親としては、このケガで踏ん切りをつけたらどうだ、と言ってやるべきではないのか……。
「でも、なんか、心配だなあ」
 ケンゾーは、また母親のことを案じる。優しいのだ。お母さんっ子でもある。「親の心配をする前に、自分のことを心配しろよ」と言いたい思いをグッとこらえて、「だいじょうぶだ、お父さんがいるんだから」と胸を張った。
 そこまでは親の威厳を保っていたつもりだったが、ケンゾーは「そうだね」と素直にうなずいたあと、続けた。
「どっちにしても、明日のお茶会、オレも付き合わなきゃいけないから、マダム・みちるっていうおばあちゃんのこと、よく見てくる」
「誘われてるのか?」
「うん、お母さんが連れて行く、って。なんか、オレに会わせれば、いろいろなアドバイスをしてもらえるって思ってるみたい」 「……そうか」
 孝夫は一度も誘われていない。それとなく水を向けてもだめだった。