孝夫の勤務先は、多摩エステートサービスという不動産会社だった。略してタマエス。業界では中堅の武蔵地所の関連企業で、もともとは東京西部のマンションの管理やメンテナンスが専門の会社だが、超少子高齢化の時代の流れを受けて、近年は新規事業への進出を図っている。
 その一つが、空き家ビジネス――。
 西条記者は「簡単に予習してきたんですけど」とメモを読み上げた。
 総務省の調査によれば、全国の空き家数は二〇一八年の時点で八百四十九万戸だという。一戸につき仮に一人ずつしか住まないとしても、八百五十万人分の空きがある計算だった。
「大阪府の人口が八百八十万人ぐらいだから、ほとんど入っちゃうわけですよね、その空き家に」
 孝夫はうなずいて、「スイスだってほとんど入るんだ」と言った。「スイスの人口は八百六十一万人だから」
 さらに続けた。
「ブルガリアなら六百九十八万人で、デンマークなら五百八十一万人。お釣りが来るぐらいだ」
 一つの国が丸ごと引っ越してきても受け容れられるほどの空き家が、いまのニッポンにはある。
 しかも、どんどん増えている。

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「一九八八年が三百九十四万戸だったから、『平成』の間に二倍以上になってるんですね」
 これからも間違いなく増える。
「空き家率が十三・六パーセントって……七軒に一軒が空き家っていうことですよね。すごい」
 だからこそ、タマエスはそこにビジネスチャンスを探っている。
「で、最前線で陣頭指揮を執ってるのが、水原さんですよね」
「……指揮は執ってないよ」
 名刺の肩書は「新規事業開発室シニアディレクター」となっていても、そこに「長」は付いていない。武蔵地所から出向してきた孝夫を迎えるために営業部の中に新設された、上司も部下もいない一人きりの部署なのだ。
「それに、まだ最前線っていうほどでもない。勉強やリサーチの段階だ」
「でも、広報の柳沢さんが言ってましたよ、水原さんは街づくりのプロフェッショナルだって」
「そういう部署に長くいたっていうだけだよ」
 武蔵地所では、都市計画部でさまざまなニュータウンや大規模マンション、再開発事業に携わってきた。たいして出世はできなかったが、やってきた仕事に悔いはない。
 この二月、満五十八歳の誕生日を迎えて役職定年となり、タマエスに出向した。再雇用も考えてはいるが、とりあえずの区切りの六十歳まで、あと二年。タマエスでの仕事が、サラリーマン人生の集大成になるだろう。
「こっちに来て二ヶ月になりますよね。どうですか、手ごたえは」
「いや、まだ、そこまでは。もともと営業がタネを蒔いてくれてたのを引き継いで、やっと現場の仕事の段取りを覚えかけた程度なんだから」
 その現場仕事の一つが、いまから西条記者が同行取材をする空き家の巡回点検だった。
 人の住まなくなった家は、放っておくとあっという間に傷んでしまう。防犯や防災のこともある。万が一にも、ご近所に迷惑をかけてはいけない。
「だから、定期的なメンテナンスが必要だっていうことなんですね。なるほどです」
 室内の換気、郵便物の整理、庭の掃除、外壁の水洗い……メンテナンスの項目は多岐にわたる。
「要するに、人の住んでいない家のほうが、人の手がかかるってことだよ」
 皮肉な話だけどさ、と孝夫は苦笑した。
 西条記者も苦笑いを返して、「ありがとうございました」と車内での取材を終えた。ちょうど車は街道から住宅街の生活道路に入ったところだった。あと数分で、今日最初の現場に着く。