人をひきつける文章とは? 誰でも手軽に情報発信できる時代だからこそ、「より良い発信をする技法」への需要が高まっています。文筆家の三宅香帆さんは、人々の心を打つ文章を書く鍵は小説の「名場面」の分析にあるといいます。ヒット作『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』の著者の連載。第6回は「孤独」の名場面について……
面白さは、冒頭の名場面を読み解いた先にある
もし何かの企画で「孤独を表現した小説の名場面」を日本人に募ったら(そんな企画がこの世に存在するとはあんまり思えないけど)、確実にこれがランクインするだろう。もしかすると1位に君臨するかもしれない。
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さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。
(綿矢りさ『蹴りたい背中』河出文庫 p7)
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誰でも知ってる(よね?)、『蹴りたい背中』の冒頭である。
綿矢りさ、17歳で鮮烈なデビュー。19歳で芥川賞を受賞し、最年少受賞記録を更新。そんな肩書きが有名なのかもしれないけれど、でも、それ以上に私はこの書き出しがやっぱり小説として秀逸だからこそ、ここまで有名になったんだ……と思っている。なんせ「さびしさは鳴る」、この言葉だけでぐっとくる人は多いだろう。
でも一方で、この場面が「何を言っているのか」を知っている人は、意外に少ないのではないかと思っている。
さびしさは鳴るって書き出しがキラーフレーズすぎて、もうそれだけでも十分満足。なのだが、『蹴りたい背中』という小説の面白さは、この冒頭の名場面を読み解いた先にあるのだ。少なくとも、私はそう考えている。