孤独だ。その孤独を紛らわすために

「さびしさは鳴る」の書き出しのあと、小説は以下のように続く。

冒頭の場面が何を言っているのか、すこし読み解いてみる。主人公は「さびしさは『鳴る』」、だからその音を消すために、「私はプリントを指で千切る」のだと言う。

じゃあ主人公はなんでその音を消したいのか。それは、「せめて周りには聞こえないように」。つまり周りに孤独だと知られるのが、嫌だからだ。

この周りとは誰か。それは、同じ理科室で授業を受けている、同級生たちだ。

この場面は、主人公が生物の授業で「顕微鏡を使う班を5人一組で適当に作って」と言われたところから始まる。生徒たちはすぐさま空気を読みながら班を作る。しかし主人公は班作りからあぶれる。あまり友達がいないから。そして3人組のグループに、付け足すように、ひとり加わることになる。

最初から班を作っていた3人の女子たちは、楽しげに顕微鏡を覗きこむ。だけど主人公に顕微鏡を覗く番はまわってこない。3人の仲間ではないから。――孤独だ。その孤独を紛らわすために、主人公は、プリントを千切るのである。

3人の女子たちがオオカナダモの葉緑体を顕微鏡で見ている一方で、私は細長い紙切れの山を作る。(微生物と紙切れ、細長いフォルムが似ているところがちょっとしたポイント)。

……主人公は「●人一組で班を作って~」と言われた教室で自分だけあぶれてしまう。日本の学校生活においてもっとも孤独を感じるシチュエーションの一つだろう。だからそれを隠すように主人公はプリントを千切る。『蹴りたい背中』は、そんな場面から始まるのだ。