「別れ」のセリフにはその関係性が表れる

誰かと別れる際、私たちは「その人が自分にとってどんな存在だったか」を考える。
だからこそ、別れの場面は、その関係をどういうふうに捉えていたのかが、表現されやすい。

そのふたりが、どんな関係を構築していたのか。それが伝わってくるから、別れの場面には名台詞が登場しやすいのだと思う。

たとえば、冒頭で挙げた『カサブランカ』の「君の瞳に乾杯(“Here's looking at you, kid.”)」。実はこれ、別れの場面以外にも繰り返し唱えられてきた台詞なのだ。だからいざ別れるときに同じ台詞を唱えることが効果的になる。それまでのふたりの関係性が大前提として存在する。

あるいは『スタンド・バイ・ミー』の「またなって言えよ(“Not if I see you first.”)」には、ふたりがこれまで気軽に会える仲であったことが表現されている。いままではまたなって言えたからのに、今回は、そう言えない。だから名台詞になり得る。

別れの場面は、もっとも関係性を表現する台詞が、生まれやすいのだ。

別れの際、相手をどのような存在だと思っていたか、表現される。滲み出るように、関係性が、まとめられる。別れのときにはじめて、自分にとってどういう存在だったか分かる。

それをうまく表現した言葉こそが、「別れの名台詞」になり得る。

ジョゼにとっては、恒夫は、いつ失うかもわからない、しかし失うことが前提にある、まるで死のような、「完全無欠な幸福」に達した一点だった。

それがなにより読者に伝わるからこそ、このラストシーンは、名場面であり、名台詞であり続けるのだろう。

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