第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。入院後、苦しい経食道心エコー検査やカテーテル検査を乗り越え、病名は「僧帽弁閉鎖不全症」と判明。「神の手」と呼ばれる医師のいる大学病院に転院し、手術を受けることになる。手術後の激しい痛み、リハビリに精を出す村井さんだが、突然元の生活に戻る不安に襲われてしまう。『全員悪人』の著者が送る闘病エッセイ最終回

前回●命がけで手術をするほどこだわっていた世界に、突然戻りたくなくなった話

退院するのが怖いような、面倒くさいような

安全が確保された病院での生活が気に入ってしまった私。そのうえ、同じ苦しみや苦労を分かち合う入院患者のみなさんと話をするようになり、余計に居心地がよくなってしまったせいで、退院するのが怖いような、面倒くさいような気持ちになってしまっていた。

修学旅行が終わり、ようやく家族が待つ家に戻るときの、うれしいけれどなんとなく恥ずかしい、あの気持ち。友達と離れるのは嫌、でも家族のところに帰らないわけにはいかないし……の、あのざわついた感じ。いい年をしてそんな気持ちだった。

体調はみるみる回復し、病棟内をスタスタと自由自在に動きまわり、大学病院一階にあるタリーズコーヒーに通い詰めるまで元気になっていたものの、その絶好調も病院内だからであって、段差も階段も遠慮なしに存在する外の世界で通用するとは思えなかった。そんな私を見る看護師さんたちは、「村井さん、またコーヒー?」と笑っていた。

飲み物片手に考える(写真提供:村井さん)

タリーズコーヒーで飲み物片手に考えることは、私、本当に家に戻りたいのだろうか、それとも……? という疑問だった。人間とは本当にわがままな生きものだとしみじみ思ったが、一旦死にかけ、生きることに、家族の元に戻ることに強くこだわったというのに、命を助けられた途端に、謎の「人生のすべてを(ついでだから)やり直したい」というモードに入ってしまっていたのだ。

「この機能する体を取り戻したいま、私がすべきことは?」という一点を考え、もしかしたらこのまま逃げ出したいかもしれないという、まさかの逃避モードにまで追い込まれた。

このまま家に戻れば、また以前の生活に逆戻りだ。子どもたちはまだ小学生。それも双子で手がかかる。毎朝学校に行かせるだけでも一苦労なのに、これから先、中学に進学、そしてそして……ああっ!