最近の作品についても訊かれた。
「国際的に大人気の、忍者が活躍する歌ありアクションありのお芝居なの」
 こちらも、言葉を切る位置は「国際的に大人気の忍者、が活躍する」にすべきではないのか。
「五月に大事なステージが控えてたんだけど、リハーサルでケガをしちゃって……」
 確かに大事なステージではあった。ただし、その舞台はホールやシアターではなく、関東近郊のショッピングモールの野外ステージなのだが。
 見栄は要らないって、お母さん。だめだよ、心の内側、全然洗われてないじゃん――。
 目配せしても通じない。
 居たたまれなくなった。美沙が一方的に決めたこととはいえ、いい歳をして自分についての説明を親任せにしているのは、やはり情けない。
 質問がさらに続くようなら、今度は自分で……と決めた瞬間、サロンの空気が変わった。ふわっと華やいで、かつ、きりっと引き締まった。
 驚いて戸口のほうを振り向くと、マダム・みちるがたたずんでいた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 しっとりとした声だった。響きが優しい。ただ気さくな優しさではない。決して踏み越えさせない一線を引いた、凜とした強さもあった。
 カシミアのセーターに、シルクのカーディガンを羽織っていた。服はいかにも高級そうだったし、銀の髪も丁寧に手入れしているのがよくわかる。だが、決して突飛なものではない。上品なおばあさんの範疇に収まっている。もっと浮世離れした女性を想像していたケンゾーは、安堵しつつも、拍子抜けしないでもなかった。
 ただ、客人たちが立ち上がって挨拶しようとするのを微笑み交じりの手振りで制し、戸口から円卓まで広いサロンを歩く所作の一つひとつには、思わず見入ってしまう優雅さがある。なにより、笑顔が透きとおっている。ソフトフォーカスの照明がどこかから当たっているようにも見える。ケンゾーも俳優の端くれ――このおばあさん、人を惹きつける力があるな、というのは認めた。
 席についたマダム・みちるは、あらためて一同に「本日のお茶会に、ようこそ」と挨拶して、真向かいに座るケンゾーを見つめた。

「水原さんの息子さんね」
「……はじめまして、お魔しております」
 気おされて、声が裏返りかけた。いかん。オレはいま炎龍斗だぞ、と丹田にグッと力を込めた。
 マダム・みちるは美術品でも鑑賞するようにケンゾーからしばらく目を離さず、微笑み交じりに小さくうなずいて、言った。
「あなた、たくさんの人に見られてきたのね」
「――え?」
「体を動かすことが得意だし、そうねえ……歌もお上手なんじゃないかという気がするけど」
 絶句する一同にかまわず、続けた。
「あなたは、器。そこになにかが注がれて、美しく輝く人」
 それはつまり、俳優という仕事のことか。体を動かして歌うのは、忍者ミュージカルか。あのまなざしは鑑賞ではなく、鑑定だったのか。
 美沙は目をまるく見開いて、「みちるさん、すごい……」と言った。円卓の客人たちも皆、驚いて、圧倒されていた。
 だが、ケンゾーは、炎龍斗なのだ。ヒーローは常に冷静でいなければ。特撮ドラマなら、円卓の中央の花が怪しい。そこに隠しマイクがあれば、さっきの会話は筒抜けになっているということだ。
「違っていたらごめんなさい。あなた、大事なお仕事を控えてケガをしてしまったんじゃない? ああ、わたくしまで、残念」
 警戒せよ、警戒せよ、警戒せよ――。
 アラートが、さらに大きく鳴りひびいた。
(つづく)