個人の意思は集団心理に左右される

竹内実は、僕と妻もコミュニケーションが得意なほうではないので、お互いの行動を理解し合えないことがあります。その原因を脳科学で説明されると納得できますし、安心しますね。ですから、脳科学にはずっと興味を持っていて、中野さんの発信される情報にも注目しているのですが、今はどんな内容の研究をなさっているんですか?

中野私が一貫して取り組んでいるのは集団の心理です。多くの人は、意思決定は完全に個人のものだと思っていますが、自分の意思だけで物事を決めることはありません。目の前の相手が何を考えているか、あるいは目の前に誰もいなくても、これをしたらあの人はどう思うかなど、必ず誰かの意思を忖度し、周囲からの影響を受けているんです。たとえば、自分はAだと思うけれど、不本意ながらみんなに合わせてBを選択する、ということがかなりの確率で起きています。

竹内少数意見を持つ人に対して、周囲の多くの人と同じように考え行動するよう、暗黙のうちに強制されることもありますね。

中野そうした同調圧力も、集団の心理ですね。近年の脳科学では、私たちは自分で意思決定をしているわけではなく、ただ脳内で起きている現象を見せられているだけで、意思というのはまやかしに過ぎないとも言われます。ではどこが意思決定しているのかというと、個人ではなく集団の意思かもしれないし、集合的無意識という抗いようのないものかもしれません。そうした現象と個人との関係を解明してみたいんです。

竹内現在のコロナ下では、まさにその集団心理による現象が起きていますね。「自粛警察」というのが出現しましたし、接種を強制する「ワクチンハラスメント」もあり、同調圧力が過激化しているように感じます。こうした社会不安から、自分の生活基盤が壊れるかもしれないという不安や心配も広がっていますね。

中野その不安についてですが、感染することより、自分が感染したことによって社会から排除されてしまうのではないか、という不安のほうが大きいかもしれません。自分の健康より、近所や職場など世間の目のほうが心配になってしまうんです。

「不安」は悪いことではない

竹内僕が主宰しているフリースクールでも、親御さんたちはかなりのストレスと不安を抱えています。それは日常生活を脅かすほどで、正常な判断力を失う方もいたので、これは何とかしなくてはと思い、教職員会議で対策を話し合いました。その結果、時間をかけて話を聞き、不安を全部吐き出してもらうという取り組みをはじめたんです。

中野それは素晴らしいですね。古代ローマ時代にもパンデミックは何度もあり、経済的・社会的不安が一気に高まりました。そのとき人々を救ったのも、何もしてくれない帝国に代わり、話を聞いてくれたり、パンを分けてくれたり、病の床でずっと手を握ってくれたりする身近な人でした。相談できる人がいて、大丈夫と言ってもらえることは、不安の解消にとても大事なのです。

竹内僕は最近膝を痛めてしまい、整形外科に通っているんですが、その医院がものすごく混むんです。なぜなら、先生が話をよく聞いてくれるから。患者さんは、治療するというより、先生に話を聞いてもらうことで安心できるんですね。現状のコロナ下では、感染拡大を食い止める施策だけでなく、人々の不安な気持ちを和らげてくれるカウンセリング制度を導入する、などの施策も大事だと思います。

中野話を聞いてもらったり、優しくされたりすると、自分の気持ちを受け止めてもらえたという受容の感覚が生まれて、安心できる。ただ、不安というのは必ずしも悪いことではないんです。

竹内それは意外ですね。

中野不安にはセロトニンという神経伝達物質が関わっていて、分泌が多いとリラックスでき、少ないと不安を感じやすくなると言われています。日本人はセロトニンを使い回すタンパクが少なく、不安を感じやすい人が多いんですが、それは、危険に備えるためでもあるんです。地震や台風、火山の噴火など災害の多い国に住む日本人は、生き延びるために不安を感じやすくなるように進化してきたとも言えます。楽観的な人ばかりだったら、日本はここまで繁栄していなかったかもしれません。