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「敗北」ならばまだライバルになれる

一般に「ライバルになれないふたり」を描くなら、敗北のシーンを描くことが多いように思う。

少年漫画にたまに出てくる場面ではないだろうか。努力に圧倒されて負けたと思うだとか、こてんぱんに負けるだとか。試合をして負ける、あるいは作品を見て圧倒的に敗北を感じる。それで、僕はあいつに勝てない、まだライバルだなんて言えない、対等ではない、と感じる……。

しかしこれって、本当の意味では、ライバルになる可能性をまだ秘めている。

だって、努力が追い付いたら、対等になれるってことじゃないか。実際、「最初は努力が全然足りてなくて追いつけなかったけれど、徐々にライバルと対等になっていった」というストーリーは少年漫画でよく見る。

じゃあ、本当の意味でライバルになれないふたりって存在するのか?

その答えがスロウハイツの神様にある。