ブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「足が痒い」。「itchy feet」とは直訳すると「痒い足」だが、旅をしたい、という衝動を表現する言葉としても使われる。もはや痒みどころか痛みすら感じている今日この頃だがーー。(絵=平松麻)

「痒みどころか痛みすら感じている」

「Itchy feet」という言葉がある。直訳すれば「痒い足」だが、今いる場所を離れてどこかに行きたい、旅をしたい、という衝動を表現する言葉としても使われる。

時節柄、世界には「痒い足」に悩まされている人々がたくさんいるはずだ。わたしなどもその一人であり、もう掻いて掻いて掻きむしりたくなるほど、昨年から足が痒い。

そしてこれがまた、気候がだんだん暖かくなる季節には水虫と一緒で痒みがいっそう強くなる。そろそろ南の島でビールを飲みながら本が読みたいなとか、地中海で魚介類を堪能しながらワインを飲みたいわとか、頭の中にわんわん妄想が湧いてきて、もはや足の痒みどころか痛みすら感じている今日この頃だが、このあいだ英国の作家、カズオ・イシグロが、インタビューでこんなことを言っているのを読んだ。

「私は最近妻とよく、地域を超える『横の旅行』ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る『縦の旅行』が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです」