「東洋経済オンライン」のインタビューで、イシグロが言っているのはこういうことである。著名作家である彼は、東京やパリやロサンゼルスと世界中を飛び回っているとはいえ、結局はどこに行っても自分と同じような知識人たちとしか交流していない。だからグローバルに活躍しているように見えて、実は狭い世界しか知らないのである。自分とはまったく違う経歴や経験を持つ人が何を考えているかを知りたければ、海外に行くより、同じストリートに住んでいる人たちと話したほうがいい。これからはそういう「縦の旅行」が他者理解のために重要になる、と言っているのだ。

「縦」という言葉から「階級」や「社会的階層」を連想する人も多いだろうが、英国の場合、それだけではない。わたしたちのストリートには、実に多種多様な国から来た人々が住んでいるのだ。

イシグロのような作家でなく、わたしたちのような一般庶民にしても、ホリデイで海外旅行をするときに行く国はたいてい決まっている。スペインやギリシャなんかの、リゾートとして知られた土地である。だから、現地に着いてみれば結局は英国から来た人々が観光客向けのブリティッシュ・パブでビールを飲んでいたり、カラオケでオアシスやコールドプレイの曲を歌っていたりするのである。それでは物理的に旅をしていたとしても、英国にいるのとちっとも変わらない。