「縦の旅」すらできません

それならいっそ英国のふつうのストリートのほうが、ガーナやナイジェリアやバングラデシュなど行ったことのない国の、聞いたこともない地域から来た人々で溢れていて、よっぽど国際的である。そう、なにしろ、うちのストリートも、20年前では考えられなかったほどインターナショナルになっているのだ。

そう思えば、イシグロ式のストリートの旅は、このコロナ禍に一条の光を与えるアイディアかもしれない。

例えば、うちの3軒先には香港出身の女性が住んでいて、めっちゃ料理がうまい。手作りの小籠包をお裾分けしてもらったときには思わず「うんめー」と日本語で叫んだぐらいだ。その数軒先にはトルコ出身の家族が住んでいて、お父さんはケバブ屋で働いているので、本格ケバブを焼いてもらって、斜め向かいに住んでいるモロッコ出身のママ友にはタジン鍋とかクスクスを作ってもらうのもいい。みんなで食べ物を持ち寄り、足の痒み解消のための国際メシ会をすればいいのだ。そうなると、やっぱり日本出身のわたしはスシを握れとか言われるだろうが、それはちょっと難しいから、いつものように手巻き寿司で誤魔化すことにして、と久しぶりにワクワクしながら息子にこの素晴らしい計画を明かし、日本食店のサイトで海苔を注文しようとしていると、冷静な声で息子が言った。

「でも、屋内で自分の同居人以外の人たちと会うのはまだ許されてないよ。ようやく屋外で、2世帯限定で6人までの集まりが許されるようになったところなのに、無理でしょ、そんなメシ会」

そうだった。われわれは近所の人と集まることさえ許されていないのだった。

イシグロさん、わたしたちは「横の旅」どころか、「縦の旅」すらできません。

また振り出しに戻ってパソコンの前にがっくりうなだれているわたしの足は、再び痒みを取り戻し、窓からはさんさんと春の日差しが降り注いでいた。