西条記者がぶつくさ言いながら定時で会社をひきあげたあと、柳沢広報部長が孝夫に言った。
「ミズちゃんとマッチ、いいコンビだな」
「冗談やめろよ。だいいちマッチってなんだよ」
「真知子だからマッチだよ。昔からマチコっていう女子のあだ名はそう決まってるんだ」
 テキトーなことばかり言う。昔から変わらない。柳沢は同期で最初に、まだ二十代の若さで部長に昇進した男だった──宴会部長として。
若い頃のいいかげんさに、還暦間近のオジサンならではの図太さが加わり、片道切符で出向した開き直りまで交じると、もはや怖いものはない。
「いや、でも、先週からずっと見てると、ミズちゃん、マッチが来て若返った気がする」
「……元気出さなきゃ付き合えないよ、あんな、仕事と遊びの区別もつかないようなヤツと」
「でも、楽しそうだぞ、はたから見てると」
「なに言ってんだ、こっちの苦労も知らないで」
「苦労してたらこんなことはできないって」
 柳沢は、さっきのバツ印を実際のしぐさよりも大げさに再現して、おかしそうに笑った。
「ミズちゃんとマッチって、歳の差は親父と娘だけど、感覚としては、おじいちゃんと孫みたいなものなんじゃないのか?」
 ああ、そうか、と腑に落ちた。西条記者のペースに巻き込まれて翻弄される懐かしさの正体が、ようやく、なんとなくわかった。
 理不尽で、図々しくて、身勝手で、それでも憎めない、うんと年下の存在──それは、まだ幼かった頃のケンゾーと重なり合うのだ。
「二月からタマエスでひさしぶりにミズちゃんと一緒になっただろ? 正直言って、ミズちゃん、なんか落ち着きすぎてるっていうか、歳取ったなあって思ったんだよ」
「ほっといてくれ」
 言い返しても、否定はできない。確かに五十代の後半に入ってから歳を取ったと感じることが急に増えてきた。ちなみに柳沢は三十過ぎで結婚をして数年で別れた。子どもはいない。以来ずっと独身で、どこまで本気なのか、「パパ活の女子大生の太ーいお客さんだよ」と笑うのだ。
「同世代で群れると老け込む一方だから、若い奴らにあきれたり迷惑かけられたりするのも、アンチエイジングだ。マッチのこと、広報部としてもイチ推し案件なんだし、よろしく頼むぞ」
 知らないよ、とため息をついて、ふと思う。吉田奈美恵さんの別れた夫はいくつだったのだろう。歳が変わらないのなら、還暦間近──アラ還夫婦の熟年離婚ということになる。
 美沙の顔が浮かぶ。所在なげに遠くを見つめていた。実際にそんな表情を見た覚えはないのだが、想像にしては怖いほどリアルだった。
(つづく)