契約すらなくて、魅力だけがそこにある

人は魅力でしか他人を縛れない、という言葉をネットで見かけたことがある。どこで見かけたのか忘れてしまったので出典を書けないのだが、本当にその通りだと思う。結局、人を最後の最後で繋ぎとめるのは、魅力だ。

しかし一方で、魅力は、分解しづらい。他人をいいなと思う感情を突き詰めてゆけば、「なんか、よくない?」というようなふんわりした言葉に落ち着くことが大半だ。

恋人未満の関係というのは、まさに、魅力によって他人を繋ぎとめている時間のことを指す。

まだ契約すらなくて、魅力だけがそこにある。

上で紹介したのは、それまでなんとも思っていなかった同級生の照に対して、遥がはじめて魅力を感じるシーンだ。ネタバレになるけれど、この場面以降、照と遥は高校を卒業してもだらだらと同じような関係を続ける。その始まりとなる場面なのだ。

遥が照の魅力を感じたひとつめのポイントは、その背中を見たとき。「その背中になんとなく目が行った瞬間、わたしのなかで照は変わった」という。

相手の身体の一部分に対して、なんとなくいいな、と思う。――これは恋愛の表現にたまにある描写なのだ。

たとえば村上春樹の『羊をめぐる冒険』では「耳の形がいい」という表現がしばしば出てくる。あるいは逆に、トルストイの『アンナ・カレーニナ』は「この人の耳たぶの形が嫌だ」と感じるところから夫への嫌悪感を描写する。

遥は照の背中に対して、「このひとはきれいなんじゃないかなあ」「さみしいんじゃないかな」と予感する。

しかし正直、この場面だけだったら、たまにある恋に落ちた描写に思える。彼の背中をぼんやり見て、この人いいなと思う。

本当に面白いのは、遥が「さみしくないの?」と尋ねた後だ。

照は「さみしいよ」と答えながらも、「台詞と表情が合っていなかった」。照はものすごく満足げに笑っていたのだという。

これが、遥が照に魅力を感じたふたつめのポイントである。