うっとりとしたまなざしで遠くを見つめながら、おいしいものを味わうように微笑む。マダム・みちるの話をするときは、いつもこうだ。
「また出たっ、みちるリスペクト」
 ケンゾーがからかっても、照れるでも悪びれるでもなく、「だって、いいこと言ってるんだから、尊敬するのは当然でしょ」と胸を張る。
「でもさ、あの人の話って、よく聞いてみると、あたりまえのことしか言ってなくない?」
 ねえ、とケンゾーは孝夫に同意を求める。
 すると、美沙も負けじと「あたりまえのことが一番大事なの」と言う。「あんただって昔は正義とか勇気とか、あたりまえのことを子ども相手にカッコ良く言ってたじゃない」
 ねえ、そうだったわよね、と美沙も孝夫に話を振ってくる。
 孝夫は、どちらに与することもできず、「よし、食べよう」とマリトッツォにかぶりついた。生クリームとブリオッシュを同時に口に入れると、かなりのボリュームになる。しかし、昭和の男の味覚からすると、生クリームの甘さは、いささか茫洋として頼りない。血糖値には目をつぶって、できれば、あんこのガツンとした甘さも欲しい。


 マダム・みちるから話題を変えたくて、その感想を口にすると、美沙とケンゾーは同時に、まったく同じ言葉を──。
「それはホイップあんパンでしょっ」
 結局、最後は二対一になってしまうのだ。

 しかし、美沙が風呂に入っている間は、孝夫とケンゾーのコンビが成立する。
「明日、またお茶会なんだろ?」
「そうみたい」
 マダム・みちるのお茶会は、メンバーを替えつつ、週に何日も開かれている。参加するペースはだいたい週に一度──美沙は金曜日に招かれることが多い。
「おまえはどうするんだ?」
「オレ?」
 ケンゾーは苦笑交じりにかぶりを振った。
「行かないのか?」
「うん、お母さんにも誘われたんだけど、オレはいいや、パス」
「明日もケンゾーが一緒だったら、お父さんも安心なんだけどなあ」
「べつに心配なことなんかないでしょ」
「いや、だって、おまえが……」
 先週のお茶会にはケンゾーも顔を出した。最初に案じていた胡散臭いビジネスや宗教のたぐいではなさそうだったが、まだ百パーセント安堵しているわけではない。「どうだった?」と孝夫が訊くと、「怪しくないところが、むしろ逆に、意外と怪しいかもね」と笑っていたのだ。
 だから、孝夫としては、明日のお茶会もケンゾーに同行してほしかったのだが──。