イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「ある雑談」。三度目のロックダウンがようやく終了し、今年初めて美容院へ行くと、いつもの美容師のお兄さんは疲れ切っていたーー。(絵=平松麻)

美容師のお兄さんが疲れ切った顔をして

今年初めて美容院に行った。三度目のロックダウンがようやく終了したので、何ヵ月も伸びっぱなしで収拾がつかなくなった髪をゴムで縛り美容院に行くと、いつもの美容師のお兄さんが疲れ切った顔をして待っていた。

「めっちゃ忙しい。ずっと家にいて鬱になりそうだった時期とのギャップが凄すぎる」

鏡の前に座ると、彼はそう言ってため息をつく。

「ああ、それわかる。わたしも今回はマジでつらかった。鬱の兆候あったもん」

「これで最後にしてもらわないと、僕ら、もうもたないよね」

「ほんとにそうだよ。わたしたち、死なないために生きてるわけじゃないもん」

「どのお客さんも、今回ばかりはもう二度と嫌だって言ってる。またやったとしても、もう誰も従わないんじゃない?」

「みんなメンタルやられちゃうよね。休校中、息子の学校からもメンタルヘルスのZoomセミナーのお知らせが何通も来た」

「摂食障害とか増えてるんだってね」

「そう。家にいるとつい食べちゃうでしょ。それで体重を気にして無理に吐いたりして摂食障害になる子が増えているみたい」

美容師は真顔になって鏡の中のわたしの目を見て言った。

「大人だって大変だよ。うちのお客さんでも、パリッとダンディだった人が、ロックダウン明けに髪を切りに来たんだけど、ペットボトルにワインが入ってて……」

「ええっ。それ、持ってきたの?」

「うん。彼、劇場関係者なんだよ。あの業界はずっと仕事ができないし、そのうえ去年、父親が亡くなったって言ってたから」

「それはつらい……」

「店が再開して以来、人が死んだ話をよく聞くんだよね。親族や知人が亡くなったっていうお客さんが、不思議なほど多い。コロナじゃなくて、別の理由で亡くなってるんだけど」

「……」

話がどんどん暗くなっていくので話題を変えようと言ってみた。