絵:平松麻

「引っ越したお客さんも多いんだ」

「でもさ、こうやって美容師と客がマスクしている写真とか、数十年後には歴史の一ページとして『こんな時代もあったんだ』と語られているのかもね」

美容師はコームでわたしの前髪をとかしながら答える。

「でも、これから頻繁にこういうパンデミックが起きるという説もあるじゃん」

「ああ、そんなことを言う学者もいるよね」

「もうコロナ前の生活が戻ってくると思うのは甘いかも」

「そうだね。働き方とかも変わりそう」

「そうそう。人が死んだ話もよく聞くけど、引っ越したお客さんも多いんだ。っていうか、自分の国に帰っちゃったんだけど」

「え?」

「国の間を移動するのが難しくなったから、家族と同じ国に住んでいたほうがいいと思ったって。老いた親の身に何かあっても、飛行機の便数は減ってるわ、2週間自主隔離させられるわじゃ、身動きとれないでしょ。フィンランド人とか米国人とか、僕のお客さんはインターナショナルだったんだけど、国に帰った人が多い。それぞれ自分の国からリモートで同じ仕事を続けるんだって」

「いまはそれができるからね」

「ロンドンから田舎に引っ越している人が多いって言うけど、国境の外からリモートで働くって決めた人も多いみたい」

皮肉なものだと思った。EU離脱の是非を問う国民投票が行われたときには、多くの移民たちが人間の移動の自由を制限することに反対した。が、こうなってみると自分の国に帰る人が増えている。コロナ禍は、働くためにどこかに移動する時代を終わらせるのかもしれない。