人間が移動する理由が『働くため』じゃなくなったら

「けどさ、実際に誰かと会うって、大事じゃない? こうやっていまみたいに雑談する中から生まれることもあるし」

とわたしが言うと、彼は涼しい顔で言った。

「Zoomで雑談すればいいじゃん」

「そりゃそうなんだけど……」

わたしは口ごもり、少し考えてから言った。

「人間が移動する理由が『働くため』じゃなくなったら、次は『家族のため』だなんて、結局、人は義務のために移動するのかな」

「そうじゃないと思うよ」

わたしの前髪のバランスを鏡でチェックしながら美容師が言った。

「これからは、みんな自分が本当に好きな場所に住むようになるんだ。というか、自分が本当に好きな人がいる場所」

いきなり照れた顔になって彼は鏡の中で微笑した。彼は、ポルトガル人の同性パートナーとの結婚式がコロナで2回も延期になっている。

「Zoomでウエディングだってできるじゃん」

意地悪く言ってやったら、速攻で彼は言った。

「それはダメだよ」

そのきっぱりした声の調子に笑いながら、初夏の真っ青な空にピンクや白の風船が揺れている光景を思い描いた。サード・タイム・ラッキーという言葉もある。

彼らの結婚式に何を着て行こう。