五十七年前。私は小学五年生だった。思えばあの日もマンションの屋上にいた。スマホはなかった。カメラも持っていなかった。しかし記憶にははっきりと残っている。

一九六四年十月十日の空は晴れ渡っていた。開会式でNHKのアナウンサーが「世界中の青空をぜんぶ東京に持ってきてしまったような素晴らしい秋日和でございます」とコメントした通り、東京の上空に雲はなく、一面真っ青だった。高層ビルもさほど多くなかったので、今よりずっと空が広く感じられたのではないか。青い空の真ん中に、突然、五輪マークが描かれた瞬間の驚いたこと。

「なんでこんなことができるの?」

それが私の率直な感想だった。日本人パイロットではなく、外国人の操縦する飛行機がこういう曲芸をしてみせたのだと思った。しかしまもなく両親か、あるいは学校の先生だったかに、「あれは日本人パイロットだよ」と教えられ、改めて感動したことを覚えている。

今思えば、あのとき驚いて感動したのは、子どもよりむしろ大人たちだったに違いない。敗戦後二十年足らず。焼け野原から立ち上がり、がむしゃらに働き続けてきた日本人へのご褒美のようなものだったろう。ここまで日本は立ち直った。豊かになったのだ。ブルーインパルスは日本の復興の象徴そのものとして誰の目にも映ったはずである。

あれから五十七年。私たちはもしかして、豊かさを求めすぎたのか。人類が幸せになることばかりに邁進しすぎたか。異常気象と自然災害とコロナ騒動の続く中、二回目の東京オリンピックは始まった。

トラブル続きの今回のオリンピックがどうかこれ以上、混乱しませんように。ユリカちゃんたち世代が大きくなったとき、このオリンピックを素晴らしい記憶として思い起こすことができますように。

ところで恐る恐る撮ったスマホ動画を見直して気づいたが、ブルーインパルスの六機のうち、色とりどりのスモークを吐いていたのは後ろの五機だけだった。そうだよね、六機ぜんぶが吐いていたら六輪になっちゃうもんね。「当たり前でしょ」ってユリカちゃんにまた叱られそう。


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