人をひきつける文章とは? 誰でも手軽に情報発信できる時代だからこそ、「より良い発信をする技法」への需要が高まっています。文筆家の三宅香帆さんは、人々の心を打つ文章を書く鍵は小説の「名場面」の分析にあるといいます。ヒット作『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』の著者の連載。第13回は「師弟関係」の名場面について……

第12回「《恋人同士》の会話 ~金原ひとみ「アンソーシャル ディスタンス」に見る名場面」はこちら

成長を描くのに欠かせない「師匠」の存在

師弟とは、いちばん遠い背中のことを言うのだ、と物語を読むとしばしば思う。

修行あるところに師弟あり。バトルものの少年漫画でも、音楽の才能を描いた少女漫画でも、大学の思い出を綴ったエッセイでも、ジャンルは何であっても「修行」を描くとき、そこには師匠がいることが多い。人間のタテ方向の成長には、目指す先に師がいることが必要になるからだ。師弟の物語は、存外、多い。

小説だって例外ではない。たとえば夏目漱石の『こころ』だってある意味、師弟小説だ。「先生」と「僕」の物語だけど、先生は僕にとって師である。なぜその関係が『こころ』において重要なものになるかといえば、これが人間の成長についての物語だからである。

はっきりそう打ち出していなかったとしても、意外と師弟の関係は、そこらじゅうに散らばっている。

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今回紹介する「師弟」の物語は、中山可穂の『銀橋』。

実在する宝塚歌劇団を舞台にした小説である。『男役』『女役』から続くシリーズの第三弾だが、基本的に一巻完結の作品なので、本書だけを読んでも楽しむことができる。


『銀橋』で描かれる宝塚の組織は、上級生や下級生の上下関係がしっかりしている。この物語は、彼女たちが舞台役者という芸事を追求していくさまを見せるからこそ、師弟関係がしっかりと描かれている。芸事という正解のない世界のなかで、自分の追う背中をそれぞれ見つける様子が、『銀橋』という小説のなかには、これでもかと詰め込まれているのだ。