日本人最年少記録への挑戦

竹内エベレスト登頂には莫大な費用がかかると聞いています。100万円以上の入山料に加え、装備や旅費、山に登るためのトレーニング費用もかかってしまう。でも、お父さまからは資金援助を断られたそうですね。

南谷「応援はするけど資金は出さない」と言われました。もちろん、それであきらめるわけにいきませんから、いろいろ模索していたところ、20歳までにエベレスト登頂を成功させれば、日本人最年少記録になるとわかったんです。ならば、これをPRしてスポンサーを募ろうと思い、「日本人最年少でのエベレスト登頂記録を目指している南谷真鈴です。サポートしてください」と、自己紹介とプランをまとめたメールを1日100社以上、日本のマスコミや企業に送り続けました。

竹内実は僕も、作家を目指してスタートしたとき、出版社に原稿を送り続けたことがあります。毎回断られていましたが……。でも、そこで挫けたら、夢を実現させることはできませんよね。

南谷その通りです。私の場合もずっとお返事がなかったのですが、あきらめませんでした。その甲斐あって、ある日突然、「取材させてください」という電話がかかってきて。本当にうれしかったです。私の記事が新聞に掲載され、その記事を読んでくださった見知らぬおばあさまが、「私は山が好きだけれど年齢的にもう登れないから、代わりに山頂を見てきてほしい」と寄付を申し出てくださったのです。ありがたくて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。そのおかげで、エベレストに向けて事前に制覇すべき、南米大陸最高峰のアコンカグアに登ることができたのです。

竹内エベレストに挑戦するためには資金集めだけでなく、スキルの獲得や体作り、事前に高い山に登るトレーニングなど、やるべきことがたくさんあります。当時高校生だった南谷さんは、そのすべてをどうクリアしていったのですか?

南谷私には時間がなかったので、学業も含め、すべてを同時進行でやるしかありませんでした。放課後はジムでトレーニングし、帰宅後はスポンサー探しを1時間ほどしてから受験勉強。朝はジョギングをし、当時は両親が離婚して一人暮らしだったので、洗濯など家事をしてから学校へ行くという日々でした。合間には高い山にも登り、エベレストへ向けての計画を入念に練りながら、目の前の壁を一つずつ乗り越えていきました。