「カミさんがハマったんですよ」
 白石さんは苦々しげに言った。
「日曜日の朝の番組だったんですけど、もう、リアルタイムで観て、録画もして、イベントにも出かけて、写真集も買って、夢中になっちゃって……詩織まで付き合うんですよ、これがまた、なんなんでしょうねえ、そういう母と娘の関係って」
 いまにして思えば、それが家族の歴史の「終わりの始まり」になってしまった。
「まあ、確かにみんなイケメンですよ。三、四人いたんですよね、主役が」
 そう、その一人がケンゾーなのだ。
「けっこういるんですよね、いまの売れっ子で、特撮ヒーロー上がり。『ネイチャレンジャー』からも、風祭(かざまつり)翔馬(しょうま) と、あと美原(みはら)大河(たいが) が出たのかな」
 ケンゾー── 炎(ほむら)龍斗(りゅうと) の名前は挙がらなかった。
 孝夫は黙って、お茶をグビリと飲んだ。
「私、文句ばかりつけてました。いい歳をして、くだらないものに夢中になるなよ、もっと大切なことはいくらでもあるだろう、って」
 白石さんは声を強めた。きっと奈美恵さんや詩織さんにも同じ口調で説教していたのだろう。
「だって、しょせんは子どもだましじゃないですか。大のおとなが相手にするようなものじゃないでしょう」
 それで二人との間に大きな亀裂ができた。
「もちろん『ネイチャレンジャー』だけが問題じゃないんですよ。一事が万事そういう調子で、ずーっと長年積み重なってきて、小さな亀裂が数えきれないほどできてたのが、ボコッと大きな地割れになったわけです」
 十年をかけても、その地割れを埋めることはできなかった。むしろ広がる一方で、ついには熟年離婚へと至ってしまった。
「でも、私は自分が間違ってるとは、どうしても思えないんですよ。あんなものに夢中になってる暇があったら、たとえばボランティアとか、資格を取るとか、語学を勉強するとか……もっと大切なこと、いくらでもあるでしょう?」
 違いますか? と訊かれた。
 孝夫は苦笑いとともに、小さくかぶりを振る。
 白石さんの言っていることは間違っていない。
 けれど、正しさが狭い。

 申し訳ないが、水原家はすでにそこは乗り越えている。ケンゾーが高校時代にアクターズスクールに入ると言いだしたとき、『ネイチャレンジャー』でブレイクしたあと、お芝居に夢中になりすぎて、大学の留年を繰り返したあげく中退してしまったとき……「もっと大切なこと」問題は、家族でさんざん話し合ってきたのだ。
 孝夫は苦笑いの顔のまま、言った。
「大切じゃないことだから夢中になれるのかもしれませんよね」
「──はあ?」
「大切じゃないことに夢中になるのも、意外と大切な気がします、私」