いま、白石さんは札幌の実家で母親と同居している。大学進学で上京して以来四十年ぶりに、親子が一つ屋根の下で暮らすことになった。
「生まれ育った家ですから、スゴロクで言うなら
『ふりだしに戻る』ですよね」
 実家を出て上京して、結婚をして、娘が生まれ、マイホームを建てて、妻と別れ、娘にも見限られ、マイホームも失って帰郷して……還暦前のくたびれた心身で、ふりだしに戻った。
 足腰がずいぶん弱った母親は、最近は昔話ばかりするようになった。
「ひさしぶりに息子が帰ってきたので、いろいろ思いだすことも増えるんでしょうね。あんなことがあった、こんなことがあった、って……私は覚えてないことも多いんですが、とにかく楽しい思い出ばかりなんです」
 無意識のうちに記憶を選り分けているのかもしれない。認知症の症状がひそかに出ていて、よその家の話やドラマで観た場面が入り交じっている可能性だってあるだろう。
「でも、たいしたものだと思いました。札幌の実家はほんとに古くて狭い一戸建てなんですけど、そうか、ここには楽しい思い出がこんなにもたくさん残ってるのかあ、って見直しました」
 だからこそ、詩織さんの結婚を知らされて、我が家を再訪したくなった。この家には家族の楽しい思い出がどれぐらい残っているのか、あらためて探してみたかった。
「でも……さっきも言ったとおり、だめでした。なんにも浮かんでこない」
 先週も先々週も、奈美恵さんや詩織さんの笑顔は、決してこっちを向いてくれない。この家に刻まれた、目に見えない深い地割れは、家族の過去も未来ものみ込んで、消し去ってしまったのだ。
 そして、現在の孤独だけが、残った。
「自業自得ですよね、わかってます」
 確かにそうかもしれない。
 それでも、孝夫は顔を上げて言った。
「探しましょう」
「──え?」
「きっとあります、楽しい思い出。一緒に探してみましょう」
 ヒーローは困っている人を放ってはおけない。
『ネイチャレンジャー』の炎龍斗を思い浮かべて、なあ、そうだよな、と声をかけた。
 炎龍斗は左胸の前で両拳を交差させて応えた。友情と連帯を示すファイヤーポーズだった。
(つづく)