「一発で口に入ったら、イッツ・カミング・ホーム」

イングランドの人々には、われわれの国こそフットボールの母国だという自負がある。だのに、1966年のW杯で優勝して以降、イングランドがW杯やユーロ杯を制したことはない。だからサポーターたちは、再びイングランドに国際大会のトロフィーが戻ってくるのだという悲願を込めて「イッツ・カミング・ホーム」と歌う。が、どういうわけか今年は、スタジアムの外でもこの歌をよく聞く。いや、正確には歌っているわけではない。サビ部分の歌詞が日常会話の一部になっているのだ。

たとえば最近、うちに遊びに来ていた息子の友人は、「一発で口に入ったら、イッツ・カミング・ホーム」と言っていきなり宙にピーナッツを投げ上げ、口を大きく開けて必死でキャッチしようとしていた。また、スーパーで売り切れていた商品について店員に尋ねたら、「倉庫にあるかもしれないから見てくる」と言って歩き出したのだが、二、三歩進んだところで彼はくるっと振り返り、「もし、在庫があったら、イッツ・カミング・ホーム」と爽やかに笑っている。さらに、昨日バスに乗ったときも、カードで運賃を払おうとしたらエラーになったので焦って別のカードを出そうとしたら、腕にびっしりタトゥーをいれた運転手が「いいよ、細かいことは言わねえ。な・ぜ・な・ら、イッツ・カミング・ホームだから」とウインクしてそのまま乗せてくれた。

どうもみんな「イッツ・カミング・ホーム」に希望をかけ過ぎというか、盛り上がり過ぎというか、もし英国にも流行語大賞があったら間違いなく今年はこれだろう。去年の「ステイ・ホーム」から一転し、今年は「カミング・ホーム」の夏だ。