伊藤比呂美(いとう・ひろみ)
1955年、東京都生まれ。78年に現代詩手帖賞を受賞してデビュー。80年代の女性詩人ブームをリードし、『良いおっぱい 悪いおっぱい』などで「育児エッセイ」の分野を開拓。近年は老いや死を見つめた『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(萩原朔太郎賞、紫式部文学賞受賞)、お経の現代語訳に取り組んだ『読み解き「般若心経」』などを発表。その他の著書に『ショローの女』『ウマし』『たそがれてゆく子さん』『道行きや』など。
次々に立ち上がって、自分の経験を、詩で語る
『尼僧の告白』という本があります。
岩波文庫で税込み572円。岩波文庫ではいちばん薄くて安いもののひとつです。他の薄くて安い岩波文庫の筆頭『般若心経・金剛般若経』792円より安い。『風姿花伝』はまったく同じねだんで、『歎異抄』の506円にはちょっと負けた。薄くて安いから、本屋で見かけるたびに買っていました。だからうちの中に何冊もあります。
初版は1982年、その頃私は二十代後半で別のことに忙しく、仏教や女の苦といったものに興味を持ちだしたのは、もっとずっと後のことです。
買ったのはおそらく2000年代、父や母の老いと死が視界に入ってきた頃でした。仏教の信仰があったわけじゃなく、ただ仏教的な説話や語り物に夢中になったのと、お経を詩だ語りだと思って読んだらおもしろくなってきて、現代語訳を始めたということがあります。
そんなとき、これを手に取って読んでうち震えました。
尼僧たちが、何人も何十人も、依存症のミーティングみたいに、次々に立ち上がって、自分の経験を、詩で語る。自分の苦を語り、おシャカさまに出逢った経緯、救われた経緯を語る。
女の経験する苦の集大成がそこにありました。「わたし」の語りを読むうちに、女たちがみんなでそれをシェアし共感して「わたしたち」の声になるような気がしました。