私も自分の苦を歌いたい、そして救われたい

兄弟本に『仏弟子の告白』もありますが、わたしがくり返しページをめくるのは、ひたすら『尼僧の告白』の方。

読みやすい本じゃないんです。ストーリーがあるわけでもなく、中村元先生の、パーリ語から訳された日本語が、ぎくしゃくして、やたらにナマで。いや、私はそこが好きなんですけどね。そうだからよけい鏡みたいに「わたし」を映し出せるのです。

もともと目で読む詩ではなく、覚えて声に出して唱えた詩でした。

詩が詠まれたのは紀元前五世紀末から三世紀中頃、あるいはその少し後か。気が遠くなるほどの昔です。

その百年〜二百年前には、おシャカさまが生きていて、その周りに、悩み苦しみを持った人々、不運な人々、虐げられた人々が集まって、教団ができていった。男の出家者たちの教団ができ、女の出家者たちの教団もできた。『尼僧の告白』は(『仏弟子の告白』も)その一人一人の告白というかたちになっています。少し引用してみます。凄まじいです。

「わたしは、以前には、困窮していました。夫を亡い、子なく、朋友も親もなく、衣食も得られませんでした。」(チャンダー尼)

「子(の死)を悲しんで悩まされ、心が散乱し、想いが乱れ、裸で、髪をふり乱して、わたしは、あちこちにさまよいました。/四つ辻や、塵埃捨場や、死骸の棄て場所や大道を、三年のあいだ、わたしは飢えと渇きに悩まされながら、さまよいました。」(ヴァーシッティー尼)

「わたしは、分娩の時が近づいたので、歩いて行く途中で、わたしの夫が路上に死んでいるのを見つけました。わたしは、子どもを産んだので、わが家に達することができませんでした。」(キサー・ゴータミー尼)

「わたしたち、母と娘の両人は、同一の夫を共にしていました。そのわたしに、未だかつてない、身の毛もよだつ、ぞっとする思いが起りました。」(ウッパラヴァンナー尼)

最初は一行だけ歌う尼が十八人。次に二行ずつ歌う尼が十人、次に三行ずつ歌う尼が八人というように、歌う声はだんだん長く続くようになっていく。最後の尼は七十五行を一人で歌い続けるのです。

実際にこれを聞いたら、ものすごいだろう。心は揺れ、からだも揺れるだろう。人に触れない、人前で声を張り上げない今となっては、ありえない熱のうねりがあるのだろう。この女たちの中に混じって、私も自分の苦を歌いたい、そして救われたい、と読むたびに思うんです。

 

『尼僧の告白 テーリーガーター』 (岩波文庫 中村元訳 1982年)

仏教に帰依して心の安住を得た、女性出家者の長老たちの詩句集。上座部仏教の聖典のひとつとされる。「二本の指ほどわずかな智慧しかない」とさげすまれた女性たちが、愛憎に苦しみ、老いや孤独にさいなまれて出家した理由や、真摯な修行の様子、解脱の喜びなどが語られる。

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