それから何日か経ち、イドはオオカミの先生に呼ばれて、「ヴァンパイア退治」のお供をすることになりました。
 約束をしていたのです。
 イドは壁に飾られた無数の白い歯が吸血鬼の牙であると知り、噂に違わず、先生は「ヴァンパイア退治」の名手なのだと察しました。
 しかし、そのとき先生はそれ以上、吸血鬼には触れず、「君は風がこわいですか」とイドに訊きました。
「いいえ」
 少し迷ってからイドは首を横に振りました。
「そうですか」
 先生は窓の外を見ていました。
「それでは、近々、次の退治がありますので、君も一緒に行ってみませんか」
 そう言われたのです──。


 風の強い日でした。先生の銀色の髪が風にあおられています。
「君は〈オランジュリカ〉を知っていますか」
「いえ、知りません」
 イドがそう答えると、
「真っ赤なオレンジを煮詰めてこしらえた砂糖菓子です」
 先生は風の強さに顔をしかめていました。
「またの名を〈ヴァンパイア〉。口にすると、真っ赤な果汁が滴るのです。このあたりの名家に伝わる伝統菓子です」
 このあたり、というのは町からずいぶんと離れた木立ちに囲まれたところで、辿り着いたのは、大きな庭をもった風格のあるお屋敷でした。
「ようこそ」
 門扉に現れた上等な黒服を着た男に導かれ、先生とイドは屋敷にめぐらされた廊下を長々と歩いて、子供部屋に案内されました。
 子供部屋の中は甘い香りが漂い、寝台の上に一人の男の子が横たわっています。イドもときおり「男の子」と呼ばれることがありましたが、寝台の上の彼はイドよりもずっと幼い少年でした。
「お父さんとお母さんは、どこにいらっしゃいますか」
 先生が丁寧に尋ねました。
「たぶん、どこかへ出かけてる。いつもそう。いつもどこかに出かけてる」
 少年はしっかりした口調でそう答えました。しかし、どことなく発音が変です。先生は「なるほど」と頷き、「食事はどうしていますか」と少年の目を見据えました。
「もしかして、お菓子ばかりを食べてる?」
 少しばかり砕けた口調になりました。すると少年は黙って頷き、
「だって、一人で食事をするのはつまらないから」
 やはり、どこか発音が妙でした。
「だから、お菓子ばかり食べてる」
「それはもしかして、真っ赤なオレンジの──」
「そう。あれがお菓子の中では一番おいしい」
 先生はふたたび大きく頷き、道すがら風にあおられた銀色の髪を指先で整えていました。
 しかし、そうではなかったのです。