イラスト:MARUU
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。今回は、一九六四年のオリンピック当時小学生だった阿川さんが見たという「裸足のアベベ」のお話――。

※本記事は『婦人公論』2021年9月28日号に掲載されたものです

コロナ感染が爆発的な広がりを見せるなか、オリンピック競技は淡々と続けられた。東京で開催されるとはいえ、生で競技を見られるわけではない。周知の通り、原則、無観客と決定された以上、競技関係者以外の人間が試合会場に足を運ぶわけにはいかない。

もっとも考えてみれば五十七年前の第一回東京オリンピックのときだって、競技を生で見た覚えはない。小学五年生だった私のみならず、ウチの家族や親戚で「競技場に行ってきたよぉ」という話は聞かなかったと記憶する。

ただ、私が通っていた新宿区立四谷第六小学校は信濃町の駅から歩いて五分、国電の線路を挟んで神宮の水泳プールと、さらにその先の国立競技場を望める場所に立っていた。おかげで校舎の四階にあった教室の窓を通して、水泳の飛び込み台から選手が飛び込む姿や、競技場で国旗が掲げられるところを認めることができた。

「あ、日の丸が上がった! なんの競技かわかんないけど、銀、取ったみたい!」

授業中にもかかわらず、誰かが叫ぶ。たちまち教室じゅうで拍手が起きて、先生も巻き込む大騒ぎとなることもしばしばだった。