イラスト:MARUU
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。今回は、「センス」について。小学4年生の工作の時間に「センスのなさ」に気がついたという阿川さん。それから現在に至るまで常に問われ続ける「センス」。歳を重ねて磨かれたというある能力とは――。

※本記事は『婦人公論』2021年10月12日号に掲載されたものです

自分にセンスのないことを知ったのは小学四年生だったことをはっきりと覚えている。

工作の時間に木製の本棚を作るという課題が与えられた。木の板が数枚用意され、それらを縦横に組み合わせて釘で留める。出来上がった箱型の本棚に、今度は絵の具を塗って色づけする段になったとき、私は迷った。

何色の本棚に仕上げようか。ふとひらめいて、背面を緑、側面をオレンジ色に塗ることにした。塗り始めてまもなく「違う」と気がついた。が、もはや手遅れだ。色を変更することはできない。しかたなくそのまま塗り続け、そして出来上がった本棚が、他の生徒たちの作品と一緒に並べられたとき、不安が確信に変わった。

失敗した……。

私の本棚のまわりには、真っ黒い本棚、青と白のストライプ柄の本棚、素材を活かした茶色い本棚、ピンクと赤に塗られた本棚……。それらの中で、ひときわ「ダサイ!」のが私のオレンジと緑の本棚だった。

なぜ私は緑とオレンジに塗ろうと思ったのか。確たる信念があったわけではない。ただなんとなくきれいかなと思っただけだ。でもそれは、きれいでもお洒落でもなかった。少なくとも私にはそう見えた。

色のセンスがないだけではない。私には「選ぶセンス」自体がないと思ったのは、その数年後、中学生になってからである。

家庭科の授業でブラウスを縫うことになった。事前に布地を買ってきなさいと先生に言われ、私は母と一緒に新宿の大きな布地屋さんへ行き、迷った。花柄はみんなが選びそうだし無地は凡庸だ。ストライプは男の子っぽいし……、とそのとき、白地に小さなオレンジ色のテントウムシの絵がプリントされた柄が目に入った。

ユニークで可愛い。母も同意してくれた。しかし、学校へ持っていってその布で実際にブラウスを縫い上げてみると、ちっとも可愛くなくなっていた。むしろ気味が悪い。試着するともっと不気味になった。身体中にテントウムシが這っているようだ。友達から揶揄されたわけではないけれど、自分自身がそう思った。また失敗した。