2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第3話

「五番目のホリー」

 
 ホリーはまた封筒を燃やしていました。
 さていったい、これまでに何枚の封筒を燃やしてきたのでしょう。
 目抜き通りから一本裏手に引っ込んだところに、〈ガーデン〉という名の食堂があり、その食堂の中庭でホリーは封筒を燃やしているのです。
 彼女は〈ガーデン〉のコックでありましたが、まだ見習いの身で、人生を始めてから二十九年が経ち、コックの見習いを始めてから六年が経っていました。ホリーとしては、人生にしても料理人の仕事にしても、そろそろ先行きを見定めたいと願っているのですが、いかんせん、ホリーは〈ガーデン〉の厨房で働く上から五番目のコックなのです。
 彼女の上には四人の先輩がいて、いずれも歳上の男性でした。すでにベテランの域に達している先輩たちですら、まだ修業中で、そうなると、先行きが見えてくるのは、まだずっと先ということになります。
 なにしろ、上から五番目なのです。ホリーはいつもそうでした。子供の頃の徒競走の順位も、学年テストの総合結果も、自信を持って臨んだピアノ・コンクールの入賞式においても、結果は五番目でした。
(だから、誰もわたしのことなんて見ていない)
 本当のところは分からないのですが、ホリーはいつもそう思っていました。「五番目」というのは目立たない存在でしかなく、そのうえ、どんなに力を発揮しても同じ結果しか得られないのです。

 

〈ガーデン〉の名物は特製のスープで、よその国からわざわざそのスープを味わうために多くの客が食堂を訪れるほどでした。
「こんなに美味しいのははじめてだ」
「どうしたら、こんな味になるのだろう」
 スープをこしらえているのはレストランのオーナーであるオリヴィアです。彼女は以前、スープが名物のレストランでシェフをつとめていました。つくり方はその店で教わったもので、いまは彼女だけが習得している秘密のレシピなのです。
「秘密と言っても、舌のいい料理人だったら、すぐに真似できるだろう」
 そう言う人もいるのですが、そのスープの味はとても一言では言い表せない複雑な味なのです。何人もの腕利きコックが味を似せようと試み、誰一人として、同じ味どころか、似た味すら再現することが出来ませんでした。
「どうしても、あの味の秘密を知りたい」
 再現できない悔しさからなのか、それとも、より良いコックを目指すためなのか、四人の先輩たちはそれぞれに野心を持って、特製スープのつくり方を教わりたいと願っていました。