ある日、モズは見てしまったのです。ホリーが中庭で何かを燃やしているのを。
 ホリーとしては、先輩たちが仕込みに精を出している時間帯だったので、ちょうどよいと思っていたのです。しかし、たびたび三人に気圧されていたモズは、ときどき手持ち無沙汰になって厨房を離れるときがありました。
(あの三人には、とてもかなわない)
 ため息をついて中庭に出ようとしたとき、背を丸めてドラム缶の中で何かを燃やしているホリーの姿を見出しました。なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、モズはその場をすぐに離れたのですが、それから何度か中庭で背を丸めているホリーを見つけ、あるとき、
「何を燃やしているの」
 と声をかけてしまったのです。
 ホリーは体をこわばらせて、おずおずと振り向き、そこに立っていたのがモズであったことに安堵しました。他の先輩たちはホリーにきつく当たりましたが、そんなときもモズだけは、「気にすることないよ」と声をかけてくれたのです。
「これは──あの──なんでもありません」
 何を燃やしているのか、そのときは明かしませんでしたが、何日かして、二人は休憩時間に街角のコーヒー・バーで落ち合いました。
「じつは、封筒を燃やしているんです」とホリーは打ち明けました。「オーナーに頼まれて」
「封筒って──もしかして」
 封筒の存在は、皆、知っていました。中に何が入っているのかは誰も知りませんでしたが、オーナーが三つ目の工程を始めるために厨房に入ってくるとき、かならず封筒を一枚、手にしているのに気づいていました。
「あの封筒の中に秘密のスパイスが入っているのかもしれない」と二番目のコックが目を細めて言いました。
「いや、あれは三つ目の工程が書かれたメモだろう」と三番目のコックが腕を組みながら言いました。
「そうだな、きっと手順が複雑で覚えられないんだよ」と一番目のコックが得意げに断言しました。
 たしかにそんなところではないかしら、とホリーもまた頷きました。
「絶対に見ては駄目」とオーナーに禁じられていたので、封筒の中を見たことはありません。ですが、手にした感触からすると、まさに紙きれが一枚入っているだけのように思えます。
 封筒を手渡すときに、オーナーがホリーに囁いたことがありました。
「あとは、ただ静かに眠らせるだけよ。そうすれば、あの味になる」
 ホリーはオーナーが鍵をかけた部屋で机に向かっているところを想像していました。鍵をかけた引き出しから門外不出の古びたノートを取り出し、そこに書かれた三つ目の工程を紙きれに書き写しているのです──。
 そうしたノートがあることはコックの皆が知っていました。でも、誰も中を見たことはありません。誰も見てはならないのです。ノートが厨房へ持ち出されることは決してありませんでした。万が一、オーナーがノートを厨房に置き忘れ、誰かに中を見られてしまったら、秘伝と言われつづけたスープのレシピが秘伝ではなくなってしまいます。
 ですからオーナーは、毎回、スープをつくり終えるとすぐにホリーを呼び、まるで証拠を消し去るように、
「見張りが終わったら、すぐに燃やしておいて」
 と封筒を手渡すのでした。鍋を見張るだけではなく、封筒を燃やすところまでをひっくるめて、「スープ番」の仕事なのです。

 

 ある日、思いがけないことが起こりました。オーナーがスープの仕上げを終え、いつもどおりホリーに封筒を手渡したそのときです。突然、オーナーがその場に倒れ込み、本人にとっても思いがけないことだったでしょうが、そのまま、こと切れてしまったのです。