こうしたことが起きたとき、のこされた五人のコックはどうすればよいのか。はたして、誰があのスープをつくるのか、万が一に備えた覚書はのこされていませんでした。引き出しの鍵が見つからず、錠前屋を呼んでどうにか開いたものの、中にしまわれていたのは、件のレシピノート一冊きりです。
 皆を押しのけて一番目のコックがノートを手にし、誰にも奪われないよう、独り占めにして中に書かれているレシピに目を通しました。  
 しかし──、
「おかしな話だ。あのスープのつくり方が書かれていない。書いてあるのは、二つ目の工程までで、肝心な三つ目がどこにも見当たらない」
「そういえば」と二番目のコックがホリーを睨み据えました。「君はスープ番だろう? オーナーが手にしていた、あの封筒の中身を知っているんじゃないか?」
 皆の視線がホリーに集まりました。
「いいえ」とホリーはすぐに首を振りました。しかし、三番目のコックがホリーのふるまいに目ざとく気づいたのです。
「いま、君は話を聞きながらコックコートのポケットに手を入れた。分かったぞ。そこに隠しているんだな?」
 そのとおりでした。燃やしている時間がありませんでしたし、そもそも、燃やすべきなのかどうか迷っていたのです。
 一番目のコックがホリーの腕をつかみ、無理矢理、ポケットの中のものを取り出そうとしました。すかさず、モズが食いとめようとしたのですが、二番目と三番目のコックがモズを引き剥がし、難なく、ホリーのポケットから封筒を取り出しました。
「やはり、あったぞ」
 ホリーは自分のポケットから白い封筒が鳥のように飛び立っていくのを見送りました。「五番目」はいつもこうなのです。力ある者たちに、それが当然であるかのように奪われていくのです。
 ところが、一番目のコックが封筒の中から何か白いもの──それはやはり一枚の紙きれでした──を荒々しい手つきで取り出し、きちんと折りたたまれていたのを、やはり荒々しく開いて、思わず息をのみました。
 皆も覗き込みましたが、皆も同じようにいっせいに息をのんだのです。
 それは、何も書かれていない、ただの白い紙きれでした。
「どういうことだ?」
 一番目のコックがホリーに問い質しました。
「もしかして──」
 その声は少し震えていたかもしれません。
「もしかして、君は知っているのか。あのスープのつくり方を」
 いいえ、とホリーはすぐに首を振ろうとしたのですが、いま一度、その何も書かれていない紙きれを見つめるうち、急にすべてを理解したのです。
 自分がこれまで燃やしてきた封筒の中には、いつも、この真っ白な紙きれだけが入っていたに違いない。ノートにも、スープのつくり方は二つ目の工程までで、三つ目は書かれていなかった。
 いえ、書かれていなかったのではなく、もとより、そんなものはなかったのではないか──。
 耳もとに囁かれたオーナーの声がよみがえりました。
「あとは、ただ静かに眠らせるだけよ」

  
※次回の更新をお楽しみに!

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