イラスト:MARUU
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。今回は、「爪切り」に纏わるエピソード。晩年、認知症を患ったお母さまの爪を切りながら感じた生命の神秘、考え事や時間を潰すのに爪切りを好んだお父さま、そして阿川さんが好きな爪切りのお話とは――。

※本記事は『婦人公論』2021年10月26日号に掲載されたものです

ゴルフをやっているときに、どうも靴が足の先に当たって痛いと思ったら、爪が伸びていたことに気がついた。そういえばしばらく足の爪を切っていない。家に戻り、シャワーを浴びたあと、爪切り片手に床に座り込む。やれやれ、爪を切ろうと前屈するだけで腰が痛くて曲がらない。

「もうばあさんじゃのう」

自分に語りかけながら、一本一本の足の指をためつすがめつ、親指から慎重に切っていく。肉を挟んだら痛いぞー。オットット。

中指まではまだしも、薬指(足で薬を塗ることはないから、正確には第四趾と呼ぶのだろうが)と小指がずいぶん前から巻き始めているのが気になる。母の遺伝かしらん。

母は晩年、足の巻き爪をひどく痛がっていた。歩いたり、何かの拍子に当たったりするたび、「痛い!」と悲鳴を上げるので、私が「切ってあげる」と言って爪切りを手に近づくと、さらに悲鳴を上げる。

「痛い、痛いからやめてー」

しかたがないので定期検診で病院の心療内科を訪れた際、お医者様に相談したところ、

「巻き爪はねえ。痛いよねえ」

同情してくださるのはいいけれど、確たる処置の方法はなさそうな気配。老化現象の一つと思うしかないのだろう。看護師さんが母の爪を丁寧に観察し、指の間に脱脂綿を挟んだりテープを巻いたりして応急処置を施してくださった。

が、家に帰ればまもなく外してしまう。巻き爪専門の病院にでも行けばいいのかもしれないが、そこへ母を連れて行くのも難儀である。結局また、爪切りを持って母に近づき、嫌がる母をだましだまし、激しく巻いている端っこの部分を少しずつ切除するよう心がけるしかなかった。