『婦人公論』2021年7月13日号から連載がはじまった、重松清さんの小説『うつせみ八景』。
発売中の最新号を除く全編を掲載します。

「前回までのあらすじ」

水原孝夫がメンテナンスを担当する空き家に、オーナー・吉田奈美恵さんの元夫・白石正之さんが出入りしていたことが発覚。妻や娘に疎んじられた昔話を聞き、「楽しい思い出を探そう」と屋内外を歩き回るが、よみがえるのはつらい記憶ばかり。孝夫は涙ぐむ白石さんにさらなる提案をする

「著者プロフィール」

重松清 しげまつ・きよし

1963年岡山県生まれ。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞、14年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。近刊に『ひこばえ』『ハレルヤ!』など。20年7月に『ステップ』が映画化された(飯塚健監督・山田孝之主演)

第二景

「広いながらも寂しい空き家(5)」

 孝夫の提案に、白石さんは困惑して「もういいですよ」とかぶりを振った。
 いまのは自虐的な冗談で二階に声をかけただけだった。孝夫にも、あきれて笑ってもらえれば、それでよかった。
「食いつかないでくださいよ、そんなのに」
 鼻白んだ声には、微妙な怒気も交じっていた。
 だが、孝夫は真剣だった。
 家財道具がほとんどそのまま残った家の中を回っていて、思ったのだ。
「家は舞台なんだなあ、って」
「──はあ?」
「私はずっと不動産会社で、新築の戸建てやマンションを手がけてきました。まっさらの器で、まだ誰もいない舞台です。どんな人たちが住んで、そこでどんな生活が始まるのか、私たちも楽しみなんです。できれば、幸せな日々が続いてほしい。壁や床に、家族の幸せがたっぷり染み込んでほしい。そう願って、祈って、オーナー様に家の鍵をお渡しするんです」
 何年も、何十年もかけて、家族の歴史は紡がれていく。もちろん、それはお芝居ではない。現実の生活なので、すべてが思いどおりに進むわけではない。脚本はなく、演出家もいない。客席もない。すべてはアドリブで、本人以外の誰にも見られないまま、家族は、我が家を舞台に長い長いドラマを演じるのだ。
 そのドラマが、幕を閉じようとしている。
 奈美恵さんとの夫婦の物語には終止符が打たれ、もうすぐ詩織さんとの親子の物語も締めくくられる。残念ながら、どちらも、ハッピーエンドにはならなかった。
「自業自得ですよね」
 白石さんは素直に認め、苦笑した。「しかたないです、やっぱり悪いのはこっちですから」
 だが、孝夫は言った。
「まだ終わってません。最後の最後の場面が残っています」
 すでに奈美恵さんも詩織さんも、我が家という舞台から降りてしまった。けれど、白石さんはここにいる。ストーリーは終わってしまったのに、一人きりで舞台に居残っている。
 それは、なぜなのか──。