「まだ最後の出番が残ってるんですよ。最後の最後に、白石さんが終わらせるんです」
 なにを──。
「この家を舞台につくってきた、家族の歴史を」
 きょとんとしていた白石さんは、ははっ、と力の抜けた笑い声を漏らし、あきれ顔でなにか言いかけた。孝夫はそれを申し訳なさそうに手でさえぎって、「このまま終わってしまっては、家がかわいそうです」と言った。
「家って……この、建物?」
「そうです」
「かわいそう、って」
 失笑して、あきれる度合いをさらに深めた白石さんに、孝夫は真顔で、訴えるように続けた。
「私は家を売る仕事を長年続けてきました。それは、言い換えれば、家族が幸せな毎日を送るための舞台を提供する仕事です。だから間取りを考えて、採光や眺望を計算して、日常生活の動線を細かくシミュレートして……この家はいかがでしょうか、きっとこの家なら、ご家族の幸せなドラマにふさわしい舞台になると思います、とご提案してきました」
 この家は孝夫の扱った物件ではない。それでも、思うのだ。ニュータウンを開発した人、家の図面を引いた人、建てた職人さん、販売した不動産会社のスタッフ……誰もが、この家で始まる家族の歴史が幸せなものであってほしい、と願っていたはずだ。そんなさまざまな人たちの思いが詰まっているのが、どこにでもありそうな、けれどかけがえのない我が家なのだ。

 だが、現実は厳しかった。白石さんの家族の歴史が、こんな形で終わってしまったことを、いま、この家は──木造二階建ての4LDKにウォークインクローゼットと納戸付きで床面積百二十平米の我が家は、どう思っているのだろう……。
「私、空き家の管理の仕事を始めて、ときどき思うんです」
 一軒の家が空き家になってしまうことは、勝ち負けで言うなら、負けになる。
「だって、途中で住む人がいなくなるわけですから。誰だって、この家が空き家になるのを想像してマイホームを買ったり建てたりはしません」
 好きで空き家にするのを選んだわけではない。我が家を手に入れたときには想像できなかった状況の変化が、空き家を生んでしまう。「こんなはずじゃなかった」という誤算や失敗が、どんな空き家にも、大なり小なり刻まれているのだ。
「この家だって、そうですよね。まだ築二十年にもなっていない。空き家としては築浅で……こういう言い方をさせてもらうなら、若いんです」
 やり残していたことはたくさんある。結婚する詩織さんは、この家から送り出すはずだった。詩織さんがいなくなった寂しさを、この家で、夫婦でかみしめるはずだった。この家で「老い」がそろそろ始まる日々を穏やかに過ごして、結婚した詩織さんが夫や子どもを連れて来るのを楽しみに待つはずだった。
 一つずつを口には出さなくても、白石さんにも伝わったのだろう、ゆっくり何度も、うん、うん、とうなずいた。
「この家に楽しい思い出がないことは……白石さんにとってもツラいでしょうが、この家も、悲しんでると思います」
 だから──。