「ヘンなことを申し上げますが」と前置きして、続けた。
「白石さんが札幌から毎週ここに来るようになったのも、この家が呼んだのかもしれません」
 このまま終わりでいいんですか、あなたの出番はまだ残っていませんか、最後の最後の場面で、あなたがやるべきことはありませんか……。
 白石さんは「家が呼ぶって、それホラー映画でしょ」と、ぼそっとつぶやいた。「まいっちゃうな」と肩を揺すって短く笑った。
 だが、「いや、そうじゃなくて──」と続けようとした孝夫を、今度は白石さんのほうが手で制して、薄暗いリビングを見渡した。
「わかりますよ、水原さんの言いたいこと」
 懐かしそうに、さらに見渡す。
「終の棲家にするつもりだったんですよね……」
 最後までまっとうできなくて悪かったなあ、とつぶやいて、頭を下げる。この家に詫びてくれたのだろう。
「不動産会社の営業の人も、引っ越しの業者の人も、みんな感じよかったんですよ、いまのいままで忘れてたけど、皆さんの期待に沿えなくて、ほんと、申し訳ないことをしてしまいました」
「いや、あの……」
 孝夫はあわてて言った。「すみません、私はそういうつもりで言ったわけじゃなくて──」
「わかってます」
 笑顔になった。背筋を伸ばし、体ごとラウンジチェアに向けた。幻の詩織さんをじっと見つめ、
「やってみます」と言った。
 この家を舞台にした家族の歴史の、ラストシーンが始まった。


「ごめんな」
 それが第一声だった。「お父さん、ずっと空回りしてて、だめな親父だったなあ、ほんと」
 首をかしげて苦笑する。応える相手はどこにもいない。けれど、無人のラウンジチェアに向かって、白石さんは話を続けた。
「詩織が選んだ人、お父さんは会ったことないし、ずっと会えないままかもしれないけど、いい人だよな。お父さんみたいな奴じゃないよな」
 間を置いて、「だったら、いい」と笑う。「それで、いい」と笑みを深める。
「幸せに──」
 言いかけたところで、声が詰まる。ハナを啜り、目元に手をやる。
「幸せに……な、うん……幸せに……」
 声が湿って、震えかけたが、咳払いを何度も繰り返して、気を取り直す。
 孝夫はそっぽを向いていた。耳とは不便なものだ。見て見ぬふりはできても、あからさまに耳をふさぐわけにはいかない。
「お父さんは、お父さんなりに一所懸命やってきた。でも、たぶん、いろんなところで間違えてたんだよな。お母さんにも詩織にも、嫌な思いばかりさせてきた。悪かったな、ほんと」