なぜ図書館を描くために場所の説明をしているのか

……図書室の匂いや、差し込んでくる光の加減まで伝わってくる情景描写だと思いませんかっ!?

この、感覚ごと連れて来るような描写は、やっぱり小説だからこそできることではないかなあ、と私は思う。

当然だが私は行ったことのない図書室なのに、なぜか懐かしさすら感じるような気がする。

まず、図書室の場所の説明から入っているのがいいなと思う。たとえば会社だったら、いつも勤務するフロアってほとんど一緒だったりするし、家なんかも場所は変わらない。でも、学校って、かなり「自分が移動する場所の多い」建物だと思うのだ。つまり、学年によっても教室の場所はちがうし、休み時間ごとに音楽室や図書室へ移動したり、放課後は部活のために体育館に行ったりする。学校はかなり移動するための場所だと思う。

だからこそ、主人公にとっては「そこに移動することが前提」である図書室の情景を描く時、その場所を説明する。「二階の外れ」と。

そして学生時代って、たしかに窓の外をよくぼーっと見ていることが多い。それこそ会社などと比べて、学校って窓が身近なのだ。だからこそ窓の外の景色について語る。

なにより秀逸なのが、「特に、戸を開けて入った瞬間の開放感が心地好い。特別教室特有の広さ、天井の高さ。ここは海に似ている」という文章だろう。図書室が海に似ているだなんて、そんな場所、学校にあったら嬉しいに決まっている。だけどその「海に似ている」という比喩だけじゃなくて、ちゃんと「特別教室特有の広さ、天井の高さ」とどういう空間か説明しているところがいい。