イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「パートナーの呼称」。ラジオ番組に出演したときにピーター・バラカンさんに指摘された『連合い』に『れ』が入らない理由……実はそれには思い入れがあってーー。(絵=平松麻)

ピーター・バラカンさんとの共通点

ピーター・バラカンさんがパーソナリティーを務めるラジオ番組に出演したときのことである。バラカンさんといえば、80年代に日本で英国音楽を聴いていた(当時の)若者にとってはゴッドである。オンライン出演だったのでパソコンの画面越しだったとはいえ、自分のゴッドと会話するのは緊張する瞬間だったが、お話をするうち、バラカンさんとわたしには意外な共通点があることがわかった。

それは、言葉についてとても敏感だということだ。というか、これは海外生活が長い人間に特有の性質なのかもしれない。バラカンさんは、のっけからわたしが書く日本語がおかしいことを指摘してこられた。

「そもそも、『連合い』って、日本語として変ですよね。ふつうだったら『れ』が入るのに。パッと読んだとき、『連合』みたいに見える」

このツッコミにわたしはただならぬ感動を覚えた。ほかの人には言われたことがなかったからだ。

「そうなんです! 実はそれは思い入れがあって……。わたしは配偶者と自分のことを『連合』だと思っているので」

とわたしは前のめりで答えた。

さらに、「連合」という言葉については、最近、雑誌の取材を受けたときにも話題になった。インタビュアーの編集者の女性が、私の本の中の「エゴイストの連合」という言葉に反応してくださって、

「『連帯』というと暑苦しいというか、いつも一緒にぴったり繋がっている感じできついですけど、『連合』っていうのはもっと緩くていいですね」

と言ったのだった。