ブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「ギャン泣きプリンセス」。移動型託児所で働いていた時に出会った、アフガニスタンから来た女の子。その反抗のスピリットはかつて見たこともないほどでーー。(絵=平松麻)

最初は楽勝だろうと思っていた

むかし、移動型託児所で働いていたことがあった。移動型というと、キャンピングカーか何かで常に移動しながら子どもたちを遊ばせていると思われそうだが、それはさまざまな地域のコミュニティセンター(公民館のようなもの)を巡回して、プレイルームや庭で子どもたちを預かる託児サービスだった。コミュニティセンターで行われていた移民の母親を対象にした英会話教室のサービスの一部で、母親たちが週に一度のレッスンを受けているあいだ、赤ん坊や子どもを預かるのだ。多いときでも10人を超えることはない少人数の子どもたちを2~3人体制の保育士で預かり、2時間ほど遊ばせるだけだったので、最初は楽勝だろうと思っていた。

が、わたしの予想は間違っていた。各地域のコミュニティセンターで無料英会話教室に通う権利を与えられていた母親たちは、そのほとんどが難民として英国に来て日の浅い人々で、母親も子どももまるで英語がわからなかったからだ。それに、ほとんどの子どもたちにとって、母親以外の大人に預けられるのは初めての経験だったから、初週と2週目はギャン泣きするのが常だった。そりゃ怖いだろう。見も知らぬ国に来て、いきなり言葉の通じない大人に預けられるのだから。彼らは母子ともにさまざまな苦難を体験して、紛争地域から英国に渡って来た人たちなのだ。だから引き離されると、子どもだけでなく、母親も不安になり、教室に子どもたちを迎えに行くたびに悲痛な別離のシーンが展開されるので、人さらいか何かになった気分だった。