イラスト:MARUU
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。今回は、昔、「心ワクワクさせられたもの」について。 そしてそのアイテムの多くは手で回すものが多かった――。

※本記事は『婦人公論』2021年11月24日号に掲載されたものです

「あなたが生まれるずっと昔、ここにはもっといろいろなものがあふれていたのよ。透き通ったものや、いい匂いのするものや、ひらひらしたものや、つやつやしたもの……。とにかく、あなたが思いもつかないような、素敵なものたちよ」

これは小川洋子作『密やかな結晶』の冒頭に出てくる一文である。母親が娘に語りかけるかたちで描写されたほんの数行の言葉に、私の頭はたちまちかき混ぜられた。

昔はもっといろいろなものがあふれていた……。それらはたいした痛みも悲しみもともなわないうちに、いつしかすっかり消え去って、よほどのことがないかぎり記憶の抽斗から出てこない。

透き通ったものや、ひらひらしたものや、つやつやしたもの。何気なく心を動かされ、ワクワクさせられたものは、私にとって、いったいなんだっただろうか。

ビーズ、ビー玉、シャボン玉。リボンや包装紙がいまだに捨てられず、つい溜め込んでしまう癖は、子供の頃にそれらを見るたびドキドキした感覚が残っているせいではないか。

私が赤ん坊の頃に両親がしばらくアメリカへ行っていた関係で、家にはアメリカの小さな絵本が何冊かあった。英語で書かれていたので物語の内容は絵から想像するしか手立てはなかったが、ストーリーもさることながら、ページをめくるごとに立ちのぼる本の匂いを胸いっぱいに吸い込むのが好きだった。

それはインクの匂いなのか紙の匂いなのか、わからない。でも明らかにそれまで経験したことのない異国の甘い匂いだった。その匂いを嗅いで目をつぶると、おとぎの国へ行けそうな気がしたものである。