「前回までのあらすじ」
出向先の「タマエス」で空き家のメンテナンスや新規事業に携わる水原孝夫。長年の介護から解放された妻と、戦隊ヒーロー出身の俳優の息子と3人で暮らす。ある日、同期の柳沢広報部長に頼まれ、ウェブメディアの記者・西条真知子から取材を受けることになった
「著者プロフィール」
重松清 しげまつ・きよし
1963年岡山県生まれ。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞、14年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。近刊に『ひこばえ』『ハレルヤ!』など。20年7月に『ステップ』が映画化された(飯塚健監督・山田孝之主演)
第三景
「空き家には悪だくみがよく似合う?(1)」
瀟洒なオフィスで向き合った石神井晃(しゃくじいあきら)は、「なんでも訊いてください」とにこやかに言って、受け取ったばかりの名刺にあらためて目をやった。
「西条真知子(さいじょうまちこ)さん、よろしく」
初対面、かつ取材が終われば二度と会うことはないはずのインタビュアーを、きちんと名前で呼ぶ。ほんのそれだけのことでも、質問は確実に和らぎ、記事も好意的な仕上がりになる。
事前に聞いていた評判どおり、さすがにそつがない。西条真知子記者──マッチは「よろしくお願いします」と愛想笑いで応えながら、あらためて気を引き締めた。
「では、さっそくですが……石神井さんのH・Rという発想、とても素敵だと思いました。ハウジング・リソース。住宅資源」
マッチの言葉に、石神井は、我が意を得たりの顔になって、大きくうなずいた。
「そうでしょう? 呼び方というのは価値観のあらわれなんですよ。僕はね、西条さん、日本人の住宅についての意識を変えたいんです」
力を込めて言って、「すみません、ちょっと大げさですかね」と照れくさそうに笑う。年齢は四十代半ばだが、もともとの童顔に加え、趣味のマラソンではベストタイムが二時間台というサブスリー・ランナーだけに、物腰全般が若々しい。
「ですから──」
石神井はテーブルの上の紙を指差した。インタビュー記事が掲載される特集『日本をリノベーションする7人のサムライ』の企画書だった。
「僕の紹介のところに『空き家再生請負人』とありますよね」
「ええ……」
「確かに、メディアで紹介されるときは、たいがいその肩書きになります。一番わかりやすいですからね。でも、本音としては、『空き家』という言葉を死語にしてしまいたいんです」
「だから、住宅資源、H・Rなんですね」
「そう。資源なんです。それをどう活用するかが問われてるんですよ、いまは」
たとえば、と続ける。
「家電のリサイクルだって、『都市鉱山』という言葉が広まったことで、それまで大量に廃棄されるだけだった家電やパソコンや携帯電話から、レアメタルを回収する動きが加速しました」