イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「お達者ブラフ」。チキンを発生源とした食中毒が多数発生しているイギリス。ブレイディさんも大変な目に遭ってーー(絵=平松麻)

自分が健康であることをアピールする人々

コロナ規制がほぼ全面解除になった英国では、町を歩いていても、もうマスク姿の人など見かけない。スーパーマーケットなどでも平気でノーマスクの人がいるし、公共交通機関でも同様だ。いちおう「マスク着用をお勧めします」「マスクを着けてお入りください」などのポスターは貼ってあったりするのだが、法的な罰則を科せられることはないので、それなら守る必要はないと解釈する人が多い。

とはいえ、不気味に感染者数は増えていて、いまでも一日あたりの感染者数は欧州で一番多いのだが、死者数はいっときに比べればかなり少なくなっている。だから普通の生活に戻したわけだが、感染者数が増えているのだから具合の悪い人は当然多い。それでなくとも寒くなってくると風邪をひく人や持病が悪化する人などもいて、病院は忙しそうだ。

こんなときにチキンを発生源とした食中毒も流行し、わたしなども公園のカフェで友人と優雅にランチなどしたら、一発でやられた。知らずに、チキン・シーザーサラダを食べてしまったのである。おかげで発熱、悪寒、嘔吐に加え、いっそトイレに住みたいと思うぐらいのお腹の下し具合で大変な目に遭った。今回ばかりは死ぬんじゃないかと思って遺書まで書いたほどである。

身をもって体験し考えたのは、わたしたちはコロナ禍疲れで脆弱になっているのではないかということだ。英国はロックダウンが長かったので、他人と交じり合うこともなかったし、家から出なかったので何らかの危険に晒されることも少なく、心も体もぼさっとしてしまっているというか、危機に対する免疫が下がっているのかもしれない。

だからコロナにかからなくても別の病気になったり、うっかり怪我をしたりするのだ。そんな自らの脆弱性を意識するからだろうか、最近、やたらと自分が健康であることをアピールする人が多い。特に、中高年の男性たち。もっと具体的に言えば、連合いの友人たちである。