鈴木保奈美(すずき・ほなみ)
女優。
1966年東京生まれ、1986年女優デビュー。おもにTVドラマ、映画を中心に活動。20代の頃からファッション誌などでポツポツとエッセイの執筆を始める。雑誌『婦人公論』の連載をまとめた初のエッセイ集『獅子座、A型、丙午。』が発売中。
小学2年生の出会いからずっと一緒
人生で初めて手にした文庫本である。母の実家の本棚に並んだ、おそらく伯父や祖父のものであろうビジネスや歴史の本(森村誠一もあったと記憶している)の中で、このタイトルだけはわたしにも読めそうだ、と手を伸ばしたのだ。小学2年生であった。ちょいと拝借、と持ち出して、以来、何度引っ越しをしても、この本だけは手元に持っていた。数えてみたら43年目。わたしの人生に、誰よりも寄り添ってきてくれた本。
獅子文六著『悦ちゃん』角川文庫。定価百四捨円也。初版が昭和32年で、わたしが持っているのは36年の15版。紙はすっかりミルクティーみたいな色になって、ところどころ破れてもいるが、失われたページはなくて、健康状態は悪くない。
舞台は昭和13年頃の、ハイカラで豊かだった東京。悦ちゃんは10歳のかなりおませな女の子だ。ママは3年前に亡くなってしまった。ロクさんと呼ばれる呑気なパパとそれなりに楽しい二人暮らしをしているが、やっぱりママが欲しい。パパの見合い相手の御令嬢や、気立の良い下町のお姉さんが登場して、悦ちゃんのママ探しやいかに、という具合に物語は進む。
43年間携帯してきたけれど、しょっちゅう読み返しているというわけでもなくて、最近久しぶりに、きちんと読んでみた。子供の頃は完全に悦ちゃん目線で、融通の効かない大人たちに憤慨したり、銀座のデパートで買う海水着にワクワクしたり、ヌガーとチョコレートクリームの包みってどんなだろうと気になって仕方がなかったのだが、今となっては当然ながら、全く違うところに興味を引かれる。出てくる女性が、みんな強い。長屋のおかみさんだったりデパート・ガールだったり、教養の高い令嬢だったり富豪のマダムだったりと、それぞれ立場は違えど、みんなしっかり者だ。それに引き換え男性陣は揃いも揃ってちょっとずつネジが緩んでる。そのくせ、オイラは男だぜ、と肩で風切ってコケそうになる足元を、女性がサクッと支える。あれ? 21世紀もおんなじじゃないか? なんて思う。