イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「街の本屋さん」。東京の阿佐ケ谷駅近くにある書店、「書楽(しょがく)」の前店長さんとのたった一度の触れ合い。それは特別なものだったーー(絵=平松麻)

わたしの本を日本で一番売ってくれた書店

東京の阿佐ケ谷駅の近くに「書楽(しょがく)」という書店がある。入口が小さいわりに、中に入ると意外に広くて驚かされるのだが、「街の本屋さん」規模であることには間違いない。大きなチェーン店の、いくつもフロアーがある書店ビルではない。

4年ほど前、その小さな書店がわたしの本を日本で一番売ってくれていたというので、出版社の人に連れられてご挨拶に伺ったことがあった。

そこには名物店長がいた。気骨ある頑固おやじ風というか、商人というより、むしろ職人肌だった。いぶし銀のように光る渋い棚作りの技は、本好きなら「おお」と思わず声が出るもので、いまでもそのときのことを鮮明に覚えているのは、たぶん、彼がうちの親父を髣髴とさせたからだ。暑い日も寒い日も戸外で肉体労働をし続けるうちの親父が、それでも鏝(こて)作業をするのが好きなように、来る日も来る日も本に囲まれて本の在庫を数え、売り上げに一喜一憂しても、それでも店長は本が好きだった。そういう感じが、彼が作った棚から滲み出ていた。

彼はわたしに、「もっと『ヨーロッパ・コーリング』のような本を書いてほしい」とおっしゃった。で、その本が『ヨーロッパ・コーリング・リターンズ』という書名で文庫化されたので、「書楽」宛のメッセージを書いた。彼とお会いした日に言われた言葉をいまでも覚えていること、そして彼が一番好きだとおっしゃった本が文庫になったことをお伝えした。すると「書楽」のツイッターアカウントがそのメッセージを紹介してくださり、柄にもなく仕事が手につかなくなったのでこれを書いている。